福本伸行の人情漫画|『ワニの初恋』から『黒沢』へ

カイジ第1巻を手にする福本伸行。2023年の本人取材写真 漫画家・作者
モーニング40周年インタビュー(2023年)。撮影:柏原力/講談社。

福本伸行さんは、『カイジ』や『アカギ』で知られる以前から、人情ものやコメディーを描いていました。
初期作『ワニの初恋』では恋をした男を、『最強伝説 黒沢』では人望を求める中年男性を主人公にしています。
大きな勝負を離れ、人の暮らしや願いに目を向けた二作品からも、福本漫画の人間らしさを味わえます。

『ワニの初恋』に描かれた、強面の男の恋

『ワニの初恋』の主人公は、キャバレーで働く、ワニと呼ばれる男です。
顔つきは怖く、本名で呼ぶ人もいません。
そんなワニが、最近は明るくなったと職場で評判になります。

福本伸行のワニの初恋の緑色の電子版書影
『ワニの初恋』電子版書影/福本伸行・フクモトプロダクション。 出典

ワニには、同じ店で働き、一緒に暮らすのり子がいます。
のり子は、ワニが早朝のジョギングに出かけるようになったことを不審に思い、後をつけます。
行き先は駅の伝言板でした。
ワニは、女子高に通う相田久美子と、そこに言葉を書き残してやり取りしていたのです。

駅の伝言板の前で、やり取りする少女を思うワニ
『ワニの初恋』冒頭、駅の伝言板の場面/福本伸行・フクモトプロダクション。 出典

のり子に相手のことを話すワニは、すっかり恋をしています。
のり子が久美子を疑う言葉を口にしても、ワニは彼女のことを懸命に説明します。
強面の男が、恋の相手を語るときには一途になる。
ワニの不器用さと純粋さを、身近な恋愛の中で描く作品です。

福本さんは、若い頃に人情ものやコメディーを描き、その後、仕事を得やすいギャンブル専門誌へ進みました。
ギャンブル漫画を描くようになった経緯をたどると、それ以前から、人の気持ちを描く仕事を重ねていたことが分かります。

『黒沢』が欲しかった、自分の人生の感動

『最強伝説 黒沢』の黒沢は、建設会社で長く働いてきた44歳の男性です。
仕事は続いていて、暮らすこともできる。
それなのに、自分の人生は満ち足りていないと感じています。

福本伸行『最強伝説 黒沢』第1巻の電子版書影
『最強伝説 黒沢』第1巻、電子版書影/福本伸行・フクモトプロ・ハイストーン。 出典

黒沢は、同僚たちとサッカーの国際大会の中継を見て、熱くなります。
ところが、その感動は、自分が何かを成し遂げた感動ではありません。
自分の人生にも、心から感動できる出来事が欲しい。
応援する側だった黒沢に、そんな思いが生まれます。

サッカー中継を見て、他人の祭りだと感じる黒沢
サッカーの中継を見た黒沢、『最強伝説 黒沢』第1巻/福本伸行・フクモトプロ・ハイストーン。 出典

黒沢は、周囲の人に好かれようともします。
部下たちの弁当に、こっそりアジフライを足す。
黒沢が人望を得ようとしてしたことは、アジフライを盗もうとしたのではないかという誤解を招いてしまいます。
人に喜んでもらおうとする行動が、思うようには伝わらないのです。

恋をして明るくなるワニと、人に好かれようと奮闘する黒沢。
どちらの物語も、誰かとの関わりが、男の毎日を変えていきます。
その願いは素朴でも、ワニにも黒沢にも切実です。
その気持ちと、うまくいかない行動を一緒に描くところに、二作品の人情味があります。

人物の小さな気持ちが、『黒沢』を育てた

福本さんが『黒沢』で試したかったのは、ユーモアを中心にした漫画でした。
2023年の本人インタビューでは、『カイジ』や『アカギ』で使いにくい、普段思いつく笑いを描きたかったと話しています。

カイジ第1巻を手にする福本伸行。2023年の本人取材写真
福本伸行、2023年『モーニング』40周年インタビュー/撮影・柏原力。 出典

当初は、戦い続ける男の物語も考えていました。
けれど、黒沢は臆病で、すぐには喧嘩を始めません。
福本さんが、その男が喧嘩をする理由や小さな気持ちを描き続けるうちに、作品は構想から変わっていきました。
『黒沢』が生まれた経緯には、人物を描く中で漫画そのものが育っていく面白さがあります。

『黒沢』には、人情だけでなく、バトルの駆け引きも盛り込まれています。
初期作の人情味に加えて、戦いの中で人物の判断を描いてきた仕事も、『黒沢』につながっています。

まとめ

『ワニの初恋』と『黒沢』には、人を好きになる喜びも、人に好かれようとする難しさもあります。
恋をして浮き立つワニと、親切のつもりで裏目に出る黒沢。
男たちの不器用さは可笑しく、その気持ちが本気だからこそ、うまくいかない姿には切なさもあります。
この二作品を読むと、福本さんが描く人間ドラマを、勝負の場を離れた暮らしの中でも味わえます。

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