あだち充さんの短編を読むなら、『ショート・プログラム』が入り口になります。
恋のきっかけや再会を描く話から、探偵もの、時間移動を扱う話まで収めた短編集です。
なかでも第1巻の「チェンジ」では、序盤の何気ない言葉が、最後には二人の関係にかかわる返事になります。
長編で親しんだ、言葉にしすぎない演出を、短い一作のなかでも楽しめます。

第1巻には、すれ違いや再会から始まる恋がある
『ショート・プログラム』第1巻には、「近況」「交差点前」「プラス1」など、8編が収録されています。
「近況」は、中学卒業から四年後のクラス会で、かつて気になっていた女性や親友と再会する話です。
「交差点前」では、毎日同じ時刻にすれ違う女の子への恋心が描かれ、「プラス1」では、壊れたステレオが二人をつなぎます。
大きな大会の行方を追う長編とは違い、ここでは一度の再会や、身近な物のやり取りから人間関係が動きます。
そんな短編の一つが、「チェンジ」です。
「チェンジ」は、序盤の言葉を最後の返事にする
主人公の皆人は、告白を断るときにも、その場しのぎの言葉を言いたくないと話します。
圭は、せめて「考えさせてくれ」と言い、相手に少し夢を見る時間を与えてはどうかと、皆人をたしなめます。
それでも皆人は、その言葉を口にするのは、本当に考えるときだと言い切ります。

その圭のことを、皆人は男の子だと思っています。
ところが、後に圭が女の子で、皆人の好きな悦子の妹でもあったと分かります。
圭から交際を求められた皆人が、最後に口にするのが「考えさせてくれ」です。

序盤の会話があるため、最後の返事には、圭との交際を真剣に考えるという意味が生まれます。
二人が付き合うかどうかは、まだ分かりません。
答えを出す前に物語が終わることで、これからの二人を想像したくなる結末です。
人物から風景へ移るコマが、会話の間にある
「チェンジ」には、皆人の横顔から、葉の舞う空間、交差点へと移るコマもあります。
人物同士の会話が続くなかに、言葉のない景色が挟まれています。

最後の返事も、人物の表情を大きく描くのではなく、喫茶店の外観に重なります。
読者は皆人の答えを聞きながら、その場の二人の様子を想像することになります。
あだちさんが語る読者の想像力を大切にする考え方に関心がある人にも、具体的な演出を見られる一作です。
恋愛以外にも、四ページの連作や時間移動を描く
短編集の幅を知るなら、第2巻や第3巻にも目を向けられます。
第2巻の「5×4P」は、喫茶店での人間模様を四ページずつ、五つの話で描いた作品です。
同じ巻には、探偵の娘が尾行の仕事を引き受ける「春が来る前に…」や、過去と現在を行き来する「帰り道」も収録されています。

第3巻には、三十年ぶりの再会を扱う「天使のハンマー」や、デビュー前に作った作品をもとに描いた「四角い海」などが入っています。
長い連載とは別の長さや設定で、あだちさんがどんな話を描いてきたのかも、短編集からたどれます。
まとめ
「チェンジ」の最後の返事は、序盤の会話があってこそ、含みを持ちます。
短いからすぐ読み終わるだけでなく、読み終えてから、先ほどの台詞をもう一度確かめたくなる。
あだち充さんの短編には、そんな楽しみもあります。
長編で好きになった会話や余韻が、短い話ではどんな結末を作るのかを、見比べて読める作品集です。


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