赤木と僧我の最後の勝負「ナイン」は、九回すべて引き分けに終わる。
ルールの上では、僧我は赤木に負けたわけではない。
それでも、勝負を終えた僧我は赤木の才を認め、赤木との出会いを幸せだったと語る。
赤木を引き止めようとした僧我に、何が起きたのか。
その変化は、勝敗の記録だけでは捉えられない。

僧我は、勝負で赤木を引き止めようとした
僧我は、赤木と競い合ってきた勝負師である。
東西戦でも二人は同じ卓で争い、赤木は僧我の技に対抗していた。
通夜で僧我が持ち込んだのも、自分が勝てば赤木に生きてもらうという勝負だった。
僧我は、赤木を失いたくないという願いを、ライバルとしての勝負に託している。
二人の因縁は、東西戦で赤木が僧我の技を封じた勝負にも表れていた。
この対話で僧我は、勝負ができなくなっても、残った意識で人生を楽しめるはずだと赤木に話す。
酒や家族など、勝負以外にも人生を満たすものはあると考える僧我に、赤木は、それらも勝負の合間の休憩だったと答える。
赤木は自分の偏りを認め、その生き方を誇りにしてきたと話す。
ここで二人が食い違っているのは、麻雀の腕前ではない。
赤木にとって勝負が、人生の中でどれほど大きなものだったかという点だ。


引き分けの連続が、赤木の才を僧我に見せる
ナインでは、赤木と僧我が一から九までの牌を使い、出した数字で争う。
二人は、引き分けなら勝負なしという条件でも合意している。
九回とも、二人が出した数字は同じだった。
僧我が勝って赤木を引き止めるという道は、この勝負では実現しなかった。
僧我は、その結果を単なる互角とは受け取らない。
どの牌を出しても同じ数字が返ってくることに、僧我は赤木の並外れた才を見ている。
赤木を相手に勝敗をつけようとした僧我が、勝敗のつかない出来事によって、赤木だけの世界を認める。
僧我が赤木に寄せる評価は、点数上の優劣をつけた結果ではないのだ。
僧我自身は、勝負以外の幸せも認めている。
赤木にも、その幸せを味わえるはずだと話していた。
最後の勝負を経て、僧我は、普通の楽しみを赤木に勧めるだけでは、この男の生き方を捉えきれないと受け止める。
赤木が言葉で語った勝負への偏りを、僧我は牌を交わす中でも目の当たりにしたのである。
「天の川」は、ライバルからの賛辞だった
部屋を出た僧我は、さきほどの牌の並びを「天の川」にたとえる。
筒子の丸い模様が、連なる光として語られる。
僧我の言葉は、赤木と同じ数字を出したという結果の説明にとどまらない。
自分が最後に目にした赤木の才の美しさを、僧我はそこに重ねている。

暗い空に、光が連なって見える天の川。
裏の勝負の世界で生きてきた僧我が、赤木の才をその光になぞらえる言葉には、競い合った相手への賛辞がある。
僧我は、赤木と競えたことを幸せだったと語る。
赤木を上回ろうとした僧我の口から、出会えたことへの感謝が出てくるのだ。
僧我の最後の勝負には、勝者も敗者もいない。
しかし、僧我の赤木への向き合い方は変わっている。
赤木の決断を変えるために始めた勝負が、僧我にとっては、赤木の才と生き方を認めて別れる勝負になった。
引き分けという記録と、僧我の深い賛辞が同時に残るところに、この対決の重みがある。


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