『天』の終盤で、赤木しげるはアルツハイマー病を患い、自ら人生を終えると決める。
赤木が守ろうとしたのは、自分で考え、自分の望む勝負に向かう生き方だった。
本人はその生き方を続けられなくなる前に、赤木しげるとして死んでいきたいと考えている。
だが、生きたい気持ちが消えたわけではない。
最期の対話では、赤木の決意と、生きていてほしいという仲間たちの願いがぶつかる。

赤木が譲れなかった勝負の基準
通夜の赤木の言葉につながる場面が、東西戦での退場にある。
原田の持つ牌を五索だと指定した赤木は、その読みが外れたと分かると敗北を認めた。
原田は別の待ち牌である五筒での和了を認め、ひろゆきもそれで残るよう赤木に求める。
赤木はその提案を受け取らない。
赤木は、自分でないものになっていくことを恐れ、赤木しげるとして勝ち、負けたいと語る。
ここで赤木は、負けを認めることより、自分が決めた勝負の条件を曲げることを避けている。

病を知った後の赤木にも、自分の生き方を他のものへ取り替えたくないという思いがある。
僧我は、麻雀ができなくなっても、酒や友人、家族など、人生には別の楽しみがあると説得する。
赤木にとって、そうした楽しみは勝負と勝負の間の休憩だ。
勝負に偏っていると僧我に言われても、赤木はその偏りを誇りとしてきたと答える。
僧我の提案は、赤木が大事にしてきた生き方の代わりにはならない。

東西戦では敗北を認めて席を立ち、通夜では病による自分の変化を前に人生を終えようとする。
二つの選択は同じ出来事ではないが、赤木が何を優先するかはつながっている。
赤木は、勝ち続けることや生き続けることを、自分であることより上には置かない。
退場の取り決めとひろゆきの説得については、赤木が五索の不在を負けとして受け入れた場面でも詳しく扱っている。
赤木にも、生きたい気持ちは残っている
原田との会話で、赤木は三パーセントは生きたいと認める。
天との会話では、病気になったことを最悪だといい、最期には涙を浮かべて無念だと語る。
未練を持ちながらも、自分として終わるという決意を変えないのである。
その赤木に、天は自分や妻たちと家族になることを提案する。
赤木は、孤立して生きることを自分で選んできたのだから、心寂しい最期も引き受けると答える。
天はそこで、赤木のためという説明から、自分が赤木を死なせたくないという願いをはっきり口にする。

天は、赤木に世話が必要になっても、一緒に暮らしていきたいと願っている。
赤木は天の言葉に救われたと答え、自分には友がいたと認める。
それでも赤木は決断を変えなかった。
友の気持ちが届いたことと、友が望む結末になったことは、ここでは一致していない。

赤木の納得と、天の悲しさ
赤木の最期は、本人が自分の生き方を最後まで選ぶ場面である。
天は、赤木が人の世話になって生きることも含めて、その人生を受け入れようとする。
赤木が自分の選択に納得しても、仲間の寂しさまで消えるわけではない。
自分らしさを貫いた男の最期を描きながら、その男を失いたくない友人の声も残す。
赤木の決断を理解できても、天と一緒に引き止めたくなるところに、この別れの悲しさがある。


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