『天』ひろゆきはなぜ麻雀をやめたのか――「熱い三流」がほどく、一流に届かないという失望

まともな人生から漕ぎ出そうとひろゆきに呼びかける赤木 天 天和通りの快男児
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第18巻。

ひろゆきは麻雀の世界から離れ、会社員として暮らしていた。
赤木や天の麻雀には届かないと思い、勝負を続ける気力を失ったからだ。
通夜で赤木に向き合っても、ひろゆきは、勝負を楽しめるのは勝つ人だけだと訴える。
そのひろゆきに赤木が返すのが、「熱い三流なら上等よ」という言葉である。
一流になれなければ楽しめないと考えたひろゆきに、赤木は、打ちたいという気持ちを成功の見込みで消さなくていいと語っている。

ひろゆきは、強い人を見て勝負の楽しみまで失った

東西戦から九年後、赤木はひろゆきに停滞を感じる。
ひろゆき自身も、東西戦以降の自分が止まっていたことを、心の中では認めている。
赤木に言い当てられても、ひろゆきは素直には受け取れない。
何でもできる赤木には、やろうとしても気持ちが萎えてしまう人のことは分からないと反論する。

へこたれる人の気持ちが分からないと赤木に訴えるひろゆき
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第18巻。

ひろゆきは、自分の実力が赤木や天に届かないと考えている。
その差を意識すると、勝負に戻っても傷つくだけだと思ってしまう。
ひろゆきの目には、赤木が勝負を楽しめるのは、勝てる才能があるからだと映る。
ひろゆきの中では、麻雀を楽しむことと、強い相手に勝てることが結びついている。
ひろゆきは、もう一度打ってみたいと思っても、また傷つくだけだという考えから抜け出せずにいる。

赤木は、勝ち負けを先に決めるなと返す

赤木は、最初から勝つ人と負ける人が決まっているというひろゆきの見方を問い直す。
ひろゆきに自分が勝てないと決めるなといい、勝ったり負けたりは結果として表れるものだと話す。
まだ起きていない勝負の結果で、ひろゆきが自分の可能性を閉じていることを止めようとしている。

自分が勝てないと決めるなとひろゆきに話す赤木
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第18巻。

さらに赤木は、仮に失敗に終わってもいいと話を進める。
ひろゆきは、小さな失敗ならともかく、人生そのものが失敗になるのは困ると返す。
ひろゆきが怖いのは、一回の敗北だけではない。
誰にも認められず、軽んじられ、貧しさに陥るような人生だ。
ひろゆきは、その暮らしになるくらいなら、今のほうがまともだという。

赤木は、そこにひろゆきの苦しさを見つける。
世間からまともだと思われる暮らしを保ちたい気持ちと、ひろゆき自身の本心がぶつかっている。
ひろゆきの挫折には、打ち手としての実力差に加えて、失敗した人生だと見られることへの怖さもあった。
だから赤木の返答も、麻雀の腕をどう上げるかという話には収まらない。

まともな人生から漕ぎ出そうとひろゆきに呼びかける赤木
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第18巻。

「熱い三流」は、成功を目指す気持ちも残す

赤木は、成功したい気持ちは分かると認める。
金や地位、名声や称賛を欲しがること自体を、ひろゆきから取り上げようとはしない。
ひろゆきは、一流になれるかどうかで、麻雀を続ける意味を決めていた。
赤木は、成功を得られるかどうかとは別に、打つこと自体に楽しみがあると伝えている。
成功は人生の飾りであり、やることや、その熱そのものに人生の実があると話す。

成功を人生の飾りだとひろゆきに話す赤木
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第18巻。

赤木は、成功を目指すなといっているのではないと、はっきり付け加える。
問題にするのは、成否を思い煩って止まり、熱を失ってしまうことだ。
一流には届かないと思って止まっているひろゆきに、赤木は三流でも熱を持って取り組める人生を示す。
ひろゆきが勝ちを目指す気持ちは、そのままでいい。
勝てる見込みが薄いと思っても、麻雀を打ちたいという気持ちまで消さなくていいのである。

熱い三流なら上等よという赤木の言葉を聞くひろゆき
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第18巻。

ひろゆきは、赤木や天に届かない自分を見て、麻雀を続ける意味までなくしていた。
赤木が差し出したのは、その差をなくす約束ではなく、差があっても勝負へ向かえる考え方だった。
ひろゆきは、勝てそうだと思えるまで、打ちたい気持ちを押し殺さなくていい。
一流には届かないと感じていても、熱を持って取り組める。
「熱い三流なら上等よ」は、ひろゆきが再び勝負に向かうための、その余地を開く言葉なのだ。

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