『銃夢』の映画化について、原作者の木城ゆきとさんへ打診が来るようになったのは、1995年頃です。
ジェームズ・キャメロン側が映画化権を取得したのは2000年で、映画『アリータ:バトル・エンジェル』の日本公開は2019年2月22日でした。
映画化権の取得から公開までには、『アバター』の先行制作と、ロバート・ロドリゲスを監督に迎える制作体制の変化がありました。
キャメロンの映画化話が、本当に届いた
木城さんは2019年の本人インタビューで、1995年頃からいくつもの映画化の打診があったと振り返っています。
編集者と、ハリウッドから来たら映画化しようと話していたところ、20世紀フォックスからキャメロンが興味を持っているという連絡が届きました。
木城さんにとっても出版社にとっても、大きな話でした。
代理人を通じて交渉する体制を整え、契約の話を進めます。
木城さんによると、キャメロンから丁寧な文章と直筆のサインが入ったFAXが届いたことも、信用して交渉へ進むきっかけになりました。

2015年の本人へのメールインタビューでも、木城さんは映画化権の契約を2000年の出来事として説明しています。
製作を担ったジョン・ランドーも、後の取材で、権利を得た年は2000年だったと語っています。
映画化権を得た企画として動き出したのは、この時期です。
脚本は2005年にできたが、『アバター』が先になる
2003年にキャメロンと会った木城さんは、キャメロン自身が脚本を書いて監督し、3D映画にしたいという話を聞いています。
当時、キャメロンにはもう一つの映画の企画があり、どちらを先に作るかを考えていました。
ランドーの2019年のインタビューによると、『アリータ』の脚本が書き上がったのは2005年です。
制作陣は『アバター』と『アリータ』のどちらを先に作るかを検討し、『アバター』を選びました。

『銃夢』の映画化を先に進めると決まれば連絡が来ると聞いていた木城さんのもとへ、その連絡は届きませんでした。
木城さんは、もう一方の作品が先になったのだと受け止めたと説明しています。
その作品が、2009年公開の『アバター』でした。

『アバター』の制作が、アリータの顔の表現を進めた
ランドーは2018年の本人取材で、未来の地球を舞台にする『アリータ』では、主人公の顔の表現をもっと高めたかったと説明しています。
そのためにも『アバター』を先に作り、顔の演技を映像にする技術を進めたと語っています。
ランドーは2019年の取材で、髪の毛や皮膚の表現も進歩したと説明しています。
『アバター』では髪の表現を減らすため人物の髪を結わえていましたが、『アリータ』ではその必要がなくなったといいます。
ロドリゲスが監督となり、映画化が具体的に進む
2015年の木城さんへの取材では、キャメロン製作、ロドリゲス監督という組み合わせへの驚きと、面白い映画への期待が語られています。
当初、キャメロンが自分で監督するつもりだった企画は、別の監督が映画を作る形へ変わりました。
2016年にはランドーが来日し、木城さんへコンセプトアートと日本語訳の脚本を見せます。
木城さんによると、キャメロンの脚本をロドリゲスが改稿したもので、読んでみると、原作者の自分にも別の作品のように面白かったといいます。
木城さんは、脚本を読んで、制作陣への信頼を深めました。
2017年には、木城さんもオースティンの撮影現場を訪問しています。
映画化の話は、原作者が俳優やスタッフと会えるところまで進んでいました。
2019年、原作者も驚く映画として公開
映画『アリータ』は、2019年2月22日に日本公開となりました。
当初の権利取得から、約20年を経ての公開です。

2019年の木城さんは、原作者としての感謝に加え、一人の映画ファンとしても、想像以上の出来だったと語っています。
木城さんがとくに評価したのは、場面をつなぐ構成の面白さでした。
制作を待っていた原作者自身も、完成した映画に驚くことができたのです。
まとめ
映画化権を得た2000年から公開までの時間には、別の映画を作ることで、『アリータ』に使う表現を育てる過程もありました。
木城さんが待っていた映画は、ロドリゲス監督を迎え、積み重ねた技術を生かす形で実現したのです。


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