『幽遊白書』幽助の魔族化は、戸愚呂に示した答えを覆したのか

戸愚呂の腕をつかみ、しがみついてでも守ると告げる幽助 幽☆遊☆白書
引用:冨樫義博『幽☆遊☆白書』第12巻178頁(集英社)

人間をやめて強さを求めた戸愚呂を、幽助は倒した。
その幽助が、仙水との戦いで魔族として目覚める。
この二つを並べると、戸愚呂戦で否定した生き方を、幽助もたどったように見えないだろうか。

ここで比べたいのは、変化したあとの種族だけではない。
戸愚呂は何を求めて妖怪になり、幽助は何を捨てまいとしたのか。
さらに、魔族として生まれることを願った仙水を間に置くと、同じ「妖怪になる」という言葉の意味が、人物ごとに違ってくる。

戸愚呂は強さを求め、仙水は人間としての生を嫌った

戸愚呂戦の幽助が拒んだのは、強さのためにほかのすべてを捨てろ、という要求だった。
幽助は、仲間がいたからここまで来られたと答える。
さらに仲間を殺すと口にした戸愚呂の腕をつかみ、しがみついてでも守ると告げた。

戸愚呂の腕をつかみ、しがみついてでも守ると告げる幽助
引用:冨樫義博『幽☆遊☆白書』第12巻178頁(集英社)

幽助が守ろうとする仲間には、妖怪の蔵馬や飛影もいる。
彼が人間のままであることと、妖怪を含む仲間を守ることは、同じ意味ではない。
二人の対立は、人間と妖怪の勝負であると同時に、強くなるために仲間を切り捨てるか、という対立でもあった。

戸愚呂にとって妖怪への転生は、若さと強さを保つための手段である。
一方、仙水が最期に願ったのは、次は魔族として生まれることだった。
人間たちの残虐さを知った彼は、自分にも同じ人間の血が流れていることを憎み、魔界に生まれたかったと語る。

魔界に生まれたかったという願いと、魔界に来られた喜びを語る仙水
引用:冨樫義博『幽☆遊☆白書』第17巻 act.152(集英社)

仙水は、妖怪になってから成し遂げたい武術上の目標を語っているのではない。
人間として生きてきた自分を離れ、魔族として生まれ直したいのである。
戸愚呂の転生が強さを得る方法なら、仙水にとって魔族は、自分がそうありたかった存在だ。
戸愚呂が強さのために選んだ道と、仙水が人間への失望から望んだ生は、同じ転生という言葉だけではまとめられない。

幽助は、覚醒したあとで生き方を選ぶ

幽助は、戸愚呂のように転生を望んだわけでも、仙水のように次の生を願ったわけでもない。
仙水に殺されたあと、受け継いでいた魔族の血が覚醒する。
仲間を手放して強さを得ようとした結果ではない。

戸愚呂と仙水は、それぞれの理由から妖怪になりたいと望んだ。
幽助は、自分から求めたわけではない変化が起きたあとで、どう生きるかを選ぶことになる。
二人には願いをかなえる道だった妖怪化が、幽助には、受け止めて生きていく現実になるのだ。

魔界統一トーナメントを終えた幽助は、人間界へ戻り、ラーメン屋台を引きながら妖怪に関わる仕事も始める。
魔族の自分を消して元の生活へ戻るのでも、人間として付き合ってきた相手をすべて捨てるのでもない。
螢子から学校の怪異について相談され、蔵馬に協力を頼む暮らしがそこにはある。
魔族になったからといって、かつての付き合いが終わったわけではない。
戸愚呂戦で言った「捨てない」という答えは、人間の体でいることだけを条件にしていなかったと読める。

幽助が何も変わらなかった、という話ではない

人間との付き合いを続けることと、人間の命への感覚が変わらないことは、分けて考える必要がある。
魔族として目覚めた後の幽助は、人間を食べる妖怪について、食事の問題として受け止める。
黒呼はその反応に、人間界の住人ではなくなったのではないかと懸念を示す。
幽助も、そうかもしれないと応じている。

人間を食べた妖怪を食事と割り切る幽助に、黒呼が魔界行きを勧める場面
引用:冨樫義博『幽☆遊☆白書』第17巻158頁(集英社)

この場面がある以上、幽助が以前とまったく同じ価値観のままだとは言えない。
身近な人たちを大切にする幽助と、人間の側だけでは食人を判断しない幽助が、一人の中にいる。
人間だった頃のすべてが失われたのでも、すべてが変わらず残ったのでもない。

幽助の魔族化は、戸愚呂との違いを種族だけで説明できなくする。
そのうえで残るのが、強さを得た自分は、それまでの関係を捨てるのかという問いだ。
変わった幽助にも、帰る場所と付き合い続ける人たちがいる。
少なくとも、仲間を手放さないという戸愚呂戦の答えは、魔族になったことで取り消されてはいない。

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