『わたしは真悟』の機械には、細い線が絡まり合う、生き物のような生々しさがあります。
楳図かずおさん自身も、機械の内部を描いた絵に生命感を感じると話していました。
描くのが好きだったのは、四角い箱より、その内側にある配線でした。

本物を参考にしながら、自分のロボットを作る
工場の機械を描く際、楳図さんは現実の資料も使っていました。
2022年の本人インタビューでは、工場などの風景は写真を参考にしたと振り返っています。
一方で、当時のコンピューターは四角い箱が並んでいるだけで、絵としては面白く感じなかったそうです。
そこで、ロボットは自分で形を考えました。
描いた絵をコンピューターの専門家に見せ、実際に使えるものかを聞いて、想像と現実を結び付けようとしています。
資料をそのまま写すことより、見て面白い機械を作ることが先にあったのです。

四角いロボットが壊れると、描きたい配線が現れる
2002年の金沢美術工芸大学での講演では、『わたしは真悟』の細かな配線を描いた見開きが映されました。
楳図さんは、この絵をすべて自分で描いたと説明しています。
頭の中にある形を、アシスタントに言葉で伝えるのが難しいからでした。

楳図さんは、パソコンの裏側の、曲がりくねった配線を描くのが好きだったといいます。
最初の産業用ロボットの、四角ばった形は好きではなかったそうです。
壊れて配線だらけになると、自分のペースで描けるようになった、と話していました。

楳図さんは、その形を人間の体内にも重ねています。
曲がりくねった線に感じたのは、気味の悪さを伴う生命感でした。
配線を描く楽しさと、見た時の不気味さが、同じ形にあったのです。
奥へ続く空間にも、手描きの線を残す
講演では、コンピュータ内部の世界を描いた絵も紹介されました。
板状の部品が何層にも重なり、奥へ続いています。

楳図さんは、遠近法をきっちり合わせすぎると、かえって嘘の世界になると考えていました。
定規も使いますが、手で線を引くと自然にゆがみ、自分の感覚に沿った形になると話しています。
機械の世界でも、正確に整えることだけが描画の目標ではなかったのです。
まとめ
『わたしは真悟』には、物語の途中で絵そのものに目を止める楽しさもあります。
配線のページを見る時は、機械の細かさに加えて、作者がその形に何を感じていたかも手がかりになります。
機械の中を描くことが、生命の気味悪さを描くことにもつながっていた。
本人の話を知ると、箱の内側に広がる線が、楳図さんの得意な怪奇の世界と地続きに見えてきます。


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