冨樫義博さんが学んだのは、山形大学の教育学部美術学科です。
中学校の美術教師を目指していましたが、教育実習を経て漫画家へと進路を変えます。
山形大学広報誌『みどり樹』2016年春号の本人取材から、学生時代の歩みをたどります。
学校が好きで、美術の先生になりたかった
学校と絵を描くことが好きだった冨樫さんは、美術教師を志して進学しました。
大学では美術研究会で油絵を制作・発表する一方、漫画も描いていました。
絵を教える仕事を目指す日々に、自分の漫画を作る時間もあったのです。
教育実習で進路が変わり、投稿が仕事につながる
教育実習で教師の仕事の難しさを実感し、漫画家の道を選びます。
在学中には漫画賞への投稿・受賞を重ね、担当編集者がつき、読み切りでデビューしました。
やがて連載開始を機に上京します。

取材写真で手にしているのは、少年時代に衝撃を受けた『漂流教室』と、自作の『HUNTER×HUNTER』です。
漫画を読む側から、作品を生み出す側へも進んだ歩みを、一緒に並んだ二冊にも感じます。
デビュー作は、短編集で今も読める
集英社の作者紹介によると、読み切り『とんだバースディプレゼント』が掲載されたのは1987年です。
1989年には『てんで性悪キューピッド』で連載を始め、翌年から『幽☆遊☆白書』を描くことになります。
学生時代からの歩みを作品でたどるなら、大ヒット作の前にある、この時期の漫画にも目を向けたいところです。
『とんだバースディプレゼント』は、短編集『狼なんて怖くない!!』に収録されています。
全6作を収めた本で、表題作は、転校先の少女に恋をした狼男の物語です。
人ならぬ存在と、学校や恋愛といった身近な世界を組み合わせた漫画も描いていたことが分かります。

まとめ
大学の取材では、学生時代がその後の創作を支えたと、冨樫さん自身が振り返っています。
教師にはならなかったものの、漫画を描く時間は、デビューや連載へつながりました。
この進路変更で印象に残るのは、一つの道を諦めたこと以上に、大学生活の中で別の道も育てていたことです。


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