高田裕三は、敵にも、その人物にとっての正義があると話しています。
敵の事情を描き始めると、高田自身もその人物に情が移り、倒して終わりという扱いにしにくくなります。
『3×3EYES』の続編では、その描き方によって、当初考えていた終わり方から構想が変わり始めたと話しています。
敵を詳しく描くことが、作者の予定にも影響していたのです。

昔の敵が味方になることを、作者はどう考えていたか
『3×3EYES』の読者だった漫画家・和夏弘雨は、2015年の高田との対談で、最初は敵だった人物が、いつの間にか味方になっていることが多いと話しました。
続編『幻獣の森の遭難者』で、かつて敵だった舞鬼が活躍することも、和夏にとってうれしい再会でした。
この話に高田は、敵側の話を描くと、単に退治して終わりにはできなくなると答えています。
聞き手から、敵に情が移るのかと尋ねられると、高田はそれもあると認めました。
そのうえで、敵には敵の正義があると説明します。
敵を描くことが、主人公の邪魔をする役を作るだけでは済まなくなるのです。

ゲゲネイスを描いたら、続編の構想が変わり始めた
高田が具体例に挙げたのは、『幻獣の森の遭難者』の悪役・ゲゲネイスです。
対談の少し前にゲゲネイスの側を描き、その結果、最初に思い描いていた終わり方から、すでに話が変わってきたと笑いながら語っています。

高田が完結後に描き始めた『3×3EYES』の続編では、悪役を描いたことが、新しい物語の構想にも影響していました。
敵の側を描くことは、人物紹介を増やすだけでなく、物語の進み方にも関わっていました。
人物になりきれなければ、ネームはあらすじになる
高田の人物の描き方は、同じ対談でのネームの話にも表れています。
和夏は、自分が登場人物のいる場にいたらどう行動するかを考えて描いていると話しました。
高田も、人物になりきっていなければ物語は描けないと応じます。
なりきり方が中途半端だと、作者の視点で話が進み、ただのあらすじになってしまうというのです。
ゲゲネイスを描いて構想が変わった話にも、人物の立場に入ることを大切にする高田の描き方が表れています。
まとめ
和夏が読者として楽しんでいた、昔の敵が味方になる展開の裏には、高田が敵の側まで描いてしまうという制作の話がありました。
ゲゲネイスの話では、敵に事情を与えることが、作者の構想を変えるところまで及んでいます。
登場人物に入れ込むのは、読者だけではありません。
高田自身も、描きながら敵の人物の事情を考え、その人物を単に倒される役として終わらせにくくなっていたのでした。

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