『3×3EYES』は、紙の雑誌で本編を終えた後、WEBの「ヤングマガジン海賊版」で続編『幻獣の森の遭難者』を描く形で戻ってきました。
昔の増刊と同じ名前ですが、続編の発表場所は、2014年に始まったWEBコミックのレーベルです。
高田裕三にとってもWEBでの連載は初めてで、原稿用紙の大きさやコマ割りを変え、話の時間を切り替える難しさにも向き合いました。
八雲とパイの新しい冒険は、作者が新しい描き方を試す場にもなっていたのです。
紙の増刊「海賊版」と、WEBの「海賊版」
紙の「ヤングマガジン海賊版」は、1986年から1995年まで刊行された増刊でした。
『3×3EYES』や『攻殻機動隊』などを生み出した、ヤングマガジンの増刊号です。
『3×3EYES』の本編は、この増刊とヤングマガジン本誌で、1987年から2002年まで連載されました。
その名前がWEBコミック雑誌として復活したのは、2014年です。
小説や漫画の投稿サイト・E★エブリスタで、講談社の作品を読む新しい場所が作られました。
同じ年の末には『幻獣の森の遭難者』が始まり、2015年に第1巻が発売されます。
WEBの海賊版は、その後2015年に「eヤングマガジン」へ名前を変え、続編の連載も引き継ぎました。
高田が完結した物語へもう一度戻るまでには、続編を描くことへの迷いがありました。
実際に再開してみると、今度は紙の雑誌で慣れてきた描き方にも、調整が必要になります。
B4からA4へ。小さな原稿に慣れるまで
高田は2015年の和夏弘雨との対談で、WEB連載の原稿用紙を、雑誌で使っていたB4からA4へ変えたと話しています。
小さくすれば早く描けるのではないかと考えたものの、初めはかえって手間取ったそうです。
取材時点では、消しゴムをかける面積や、トーンを使う面積が減り、仕上げの時間を短縮できていると感じていました。

コマ割りにも変化がありました。
高田が説明したのは、コマとコマの間に枠を作らない、少女漫画的な割り方です。
高田は、コマの間が白いと、コマの中を黒くしたくなり、つい描き込んでしまうと説明しています。
その枠をなくすことで、描き込みすぎないようにしていました。
高田は、この工夫をWEB漫画ならではの手法というより、50歳を過ぎて週刊連載をする負担を減らす工夫かもしれないと話しています。
掲載する場所に合わせることと、自分が仕事を続けられるようにすることが、ここでは重なっていました。
扉ページがなくなると、話を区切りにくい
WEBでの連載には、描いてから気付いた問題もありました。
高田が困ったのは、扉ページがないために、話のタイミングを変えにくいことです。
雑誌の扉なら、次の話へ移るところで時間の経過を示したり、逆に何時間たったのかをはっきりさせずに進めたりできます。
対談相手の和夏も、紙の雑誌のような「つづく」がないことに戸惑っていました。
和夏は当初、毎回の最後に手書きで「つづく」を入れ、自分の中で話のテンポを保っていたと話しています。

高田は、単行本になると、扉のない物語が最初から最後まで途切れずに続くとも指摘しました。
長く描いているのに、作中では2日ほどしか経過していないことが、すぐ分かってしまうと笑っています。
作品をWEBへ載せることは、描き終えたページの置き場所を変えるだけではなく、区切りの作り方まで考え直す仕事でした。
WEBで描くからこそ、書店にも何かしたかった
高田はWEBで描き始めた後も、紙の本や書店のことを気にしていました。
『幻獣の森の遭難者』第1巻には、書店向けの描き下ろしペーパーを用意しました。
高田はこれを、ファンだけに向けたサービスというより、書店に向けたサービスだと説明しました。

高田にとって、子どもの頃の書店は、本や表紙を見るだけで、何が流行しているかを知れる楽しい場所でした。
高田は、WEBに作品を載せるだけでは書店に貢献できないと考え、単行本を扱う店舗に少しでも役立つものを用意したかったのです。
WEBで連載することと、紙の漫画を売る場所を大切にすることは、高田の中では両立していました。
まとめ
高田は、新しい掲載場所に合わせて描き方を変えながら、書店への思いも持ち続けていました。
小さな原稿で仕上げを工夫する話と、書店に描き下ろしを届ける話は、同じ続編の制作の中にあります。
『3×3EYES』のWEBへの復帰は、昔の作品を新しい場所へ移しただけの出来事ではありませんでした。
高田の関心は、WEBで続編を描くことと、その続編を紙の本で読者へ届ける書店の両方に向いていました。




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