『うしおととら』『からくりサーカス』の藤田和日郎さんには、19世紀の英国を舞台にした『黒博物館』シリーズもあります。
掲載誌は『モーニング』で、ナイチンゲールや『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリーが、怪異と出会う物語を描いています。
『黒博物館』を読むと、少年誌での代表作とは別の題材や主人公に出会えます。
その違いを知る手がかりが、大人の主人公を描いた後、元気な少年を描きたくなったという本人の言葉です。
初めて別の出版社で連載した『スプリンガルド』
『黒博物館』の始まりは、2007年の『スプリンガルド』です。
藤田さんにとって、小学館以外での初めてのコミック連載となりました。
題材は、19世紀のロンドンに現れたという「バネ足ジャック」の都市伝説です。
怪人の出没を、殺人事件や人々の思いが交わる伝奇アクションにしています。
『うしおととら』で日本の妖怪を描いた藤田さんが、今度は英国の怪奇伝説を漫画にしました。
その後、『ゴーストアンドレディ』『三日月よ、怪物と踊れ』へと続きます。
三つの主シリーズは、単行本の長さもそれぞれ違います。
『スプリンガルド』一冊から読んでみることも、『ゴーストアンドレディ』の上下巻で一つの物語を追うこともできます。
藤田さんの長編に慣れた読者にも、違う長さで完結する話を選べるシリーズです。
展示品から、英国の過去へ入っていく
黒博物館は、ロンドン警視庁の犯罪資料室です。
シリーズでは、学芸員と訪問者のやり取りから、展示品にまつわる過去へと話が進みます。
『三日月よ、怪物と踊れ』では、メアリー・シェリーが赤いブーツを見に訪れます。
学芸員は、女王主催の舞踏会で起きた事件の現場に残されていた靴だと説明します。
そこから、メアリーが女剣士の思い出を語り始めます。

『ゴーストアンドレディ』のナイチンゲールも、『三日月よ、怪物と踊れ』のメアリーも、実在した人物です。
藤田さんは、その人物の生涯へ幽霊や怪物との出会いを組み合わせています。
知っている名前が登場しても、先に待っているのは伝記の再現だけではありません。
歴史上の人物が怪異と向き合う冒険として、藤田さんの英国伝奇が始まります。
大人を描いた後、少年を描きたくなった
藤田さんは2008年の『月光条例』開始時のメッセージで、大人を主人公にした経験を振り返っています。
挙げたのは、『ビッグコミックスピリッツ』の『邪眼は月輪に飛ぶ』と、『モーニング』の『スプリンガルド』です。
『邪眼は月輪に飛ぶ』には年老いた猟師や米軍の兵士が、『スプリンガルド』には放蕩貴族が登場します。
藤田さんは、行動するための理由を持つ大人を描いた後、元気で向こう見ずな人物を動かしたくなったと話しています。
史実の資料を調べて世界を描く楽しさとともに、少年漫画のわくわくする感覚を語りました。
この時、藤田さんは『少年サンデー』で『月光条例』を始めようとしていました。
青年誌で別の主人公を描いた経験が、次に少年漫画で何を描きたいかという話につながっています。
大人向けの作品を描くようになってからも、藤田さんは少年漫画へ戻っています。
藤田さんは、少年誌でも大人の物語を描いています。
『からくりサーカス』の誕生を語った取材では、大人の恋愛を描きたかったことを話しました。
2008年のメッセージから分かるのは、二つの青年誌作品を描いた後、作者が次に少年漫画へ求めた楽しさです。
英国の暮らしも、踊りも、調べて漫画にする
『黒博物館』の舞台を描くには、怪物の発想に加えて、過去の英国を知る仕事もあります。
藤田さんは2023年の本人インタビューで、本を読むこと、当時を舞台にした映画を見ること、史跡を訪れることを挙げています。
19世紀ロンドンの世界に入り込むための準備です。
『三日月よ、怪物と踊れ』には、舞踏設定協力・振り付けとしてダンサーのTAKAHIROさんが参加しました。
女剣士たちが踊りながら戦う物語に、動きの専門家が加わっています。
『ゴーストアンドレディ』と『三日月よ、怪物と踊れ』では、磯野圭作さんが軍事・風俗考証の資料を提供しました。

シリーズの制作資料を収めた『黒博物館 図録』には、原画やネームに加え、こうした協力者との対談もあります。
英国の歴史や暮らしを調べることと、そこへ怪異や激しい動きを描き加えることが、一つの作品の中で合わさっています。
まとめ
『黒博物館』では、英国史で知った名前の人物が、藤田さんの描く怪異と出会います。
その人物の歩みを知っていれば、史実と幻想がどう重なるかを楽しめます。
初めてナイチンゲールやメアリーに触れる読者には、漫画から実在の人物へ興味を広げる入口にもなります。
『うしおととら』『からくりサーカス』から藤田さんを知った人が、英国の怪奇伝説や人物史にも出会える。
好きな漫画家を読み進めるうちに、関心を持つ題材まで増えていくところに、このシリーズの魅力があります。




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