『銀と金』邦男はなぜ森田を圧倒したのか――「涅槃を抱く」側が入れ替わった戦い

神威家の五男で、勝広と行動する吉住邦男 銀と金
『銀と金』福本伸行・吉住邦男。

神威家との死闘で、森田鉄雄は拳銃を持つ兄弟たちを制圧する。
ところが、五男の吉住邦男との戦いでは、その森田が追い詰められる。
邦男の体格と打たれ強さは恐ろしい。
さらに森田自身は、死を覚悟しているのはどちらかという違いにも気づく。

先に次男の勝信と戦った森田は、自分は死を覚悟し、勝信は保身しか考えていないと告げた。
邦男を前にした森田は、今度は自分のほうが命を惜しんでいると考える。
同じ夜の二つの戦いを比べると、邦男の強さと、森田が押される場面の苦しさが分かる。

勝信に「涅槃」を突きつけた森田

森田が勝信と向き合ったとき、拳銃を持っているのは勝信だった。
森田は、撃たれる危険のある相手に踏み込み、カーペットを引いて足元を崩し、勝信を殴り倒す。
武器の差を覆すためには、森田自身が危険を引き受けて動く必要があった。

カーペットを引かれて足元を崩される神威勝信
『銀と金』福本伸行・森田と勝信の戦い。

この戦いで森田が言う「涅槃を抱いてここにいる」は、死を覚悟して戦っているという言葉だ。
森田は、勝信が抱いているのは自分の保身だけだと告げる。
死ぬ危険を承知で攻める森田と、自分の身を守ることから離れられない勝信。
森田が指摘するのは、持っている武器とは別の差である。

邦男との戦いで、森田は自分の保身を自覚する

神威家の五男で、勝広と行動する吉住邦男
『銀と金』福本伸行・吉住邦男。

邦男が暴れ出すのは、兄の勝広を父の秀峰に殺された後だ。
神威家で虐げられてきた邦男にとって、勝広は心を開いてくれた兄だった。
邦男はその兄を失い、秀峰や上の兄たちだけでなく、止めようとする森田にも襲いかかる。

森田は、勝信との戦いの後、長男の勝輝に足を撃たれている。
邦男と向き合った時には、すでに負傷した状態だった。
邦男は、勝信に刃物で脇腹を刺されても攻撃をやめない。
勝信は逆に殴り倒される。
傷を負っても止まらない邦男の体と、自分の命を捨てても報復するという怒りが、森田に迫っている。

邦男の反撃を受けた神威勝信
『銀と金』福本伸行・邦男の反撃を受けた勝信。

森田は、邦男が死を承知で攻めてくると考える。
森田自身は、命かわいさに戦っている。
森田は、その違いを認めているのだ。

先に勝信を倒した時、森田は命を賭けて攻める側だった。
邦男との戦いでは、森田は身を守るために戦い、邦男のほうが死を承知で攻めてくる。
勝信に突きつけた「保身」という言葉が、今度は森田自身に当てはまる。
勝信戦では森田を強く見せた対比が、邦男戦では森田の苦境を説明している。

邦男は森田を倒しても、その後、秀峰に殺されてしまう。
邦男の力は兄を失った怒りの中で発揮され、邦男自身を救うことにはつながらなかった。
森田が認める邦男の強さには、その強さを見せても助からないという悲しさがある。

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