『銀と金』神威家編はなぜ途中から恐怖が変わるのか――家長争いの外にいた二人

血で「神威家鏖」と書かれたエレベーターの壁 銀と金
『銀と金』福本伸行。

森田鉄雄が神威家の上の三兄弟を制圧しても、事件は終わらない。
次に森田たちの前に現れるのは、武装した四男の勝広だ。
それだけでも恐ろしいが、神威家編では、この登場によって争いの意味まで変わっていく。

前半で争われていたのは、父の秀峰と上の三兄弟のうち、誰が神威家の権力を握るかだった。
ところが勝広と五男の邦男は、神威家で権力を持つ者に虐げられてきた側から、父と上の三兄弟に復讐する。
後継者争いの外に置かれていた二人の人生が、後半の中心になるのだ。

三兄弟との戦いが終わっても、事件は続く

秀峰は、上の三兄弟に「二人を殺し、残った一人を家長にする」という条件を突きつける。
息子同士を殺し合わせてまで、自分が後継者を決める立場を守ろうとする父である。
この時点ですでに、神威家の争いは残酷だ。

上の三兄弟のうち二人を殺し、残った一人を家長にすると告げる秀峰の手紙
『銀と金』福本伸行。

前半で森田が向き合うのは、この父と上の三兄弟の争いだ。
秀峰を守る森田にとって、三兄弟の襲撃を退けることが、ひとまず安全を取り戻すための目標になる。
森田は相手の判断を読み、三兄弟を制圧するところまでたどり着く。

そこで降りてくるエレベーターの壁には、血で「神威家鏖」と書かれている。
「鏖」は皆殺しを意味する。
家長を一人残す秀峰の条件から、神威家そのものを滅ぼす勝広の復讐へ、争いの目的が変わったことを告げる場面だ。

血で「神威家鏖」と書かれたエレベーターの壁
『銀と金』福本伸行。

森田が三兄弟と戦っていた間に、勝広は最上階の松井組を襲っていた。
三兄弟を倒しても、父と兄たちへの復讐は止まらない。
家長を誰にするかという問題とは別に、勝広と邦男の長年の憎しみが残っている。

後継者の話から、家に人生を奪われた二人の話へ

勝広は父と兄たちに虐げられ、邦男は家の下男として扱われてきた。
勝広が語る邦男の過去では、秀峰は邦男を部屋に閉じ込め、学校にも行かせていない。
後継者争いに参加できないというだけの扱いではない。
邦男は家の外で育ち、人と関わる機会まで奪われている。

邦男が部屋に閉じ込められ、学校にも行けず下男として暮らしてきたことを語る勝広
『銀と金』福本伸行。

この過去が明かされると、神威家の権力争いの見え方が変わる。
父と上の三兄弟は、それぞれ神威家の権力を欲しがっていた。
その権力の下でどんな暮らしを強いられる者がいたかを、勝広と邦男の存在が示している。
後継者を決める話だけでは、この二人が受けてきた扱いを片づけられない。

勝広自身は、襲撃で人を殺したことを認め、助かるとは思っていないと話す。
そして「未来などいらぬ」と言い切る。
勝広は、事件の後の自分の将来よりも、父や兄たちへの復讐を優先している。

人を殺した以上助かるとは思っていないと語り、未来などいらないと言う勝広
『銀と金』福本伸行。

二人の過去を知った森田は、依頼主の秀峰を守るだけでは済まなくなる。
森田は勝広に同情し、復讐をやめさせようと説得する。
守る仕事を引き受けた相手が、目の前の襲撃を招いた家族の一人でもある。
この食い違いが、森田の仕事を難しくしていく。

前半で中心にいた父と上の三兄弟だけでは、神威家の争いは終わらない。
勝広と邦男の過去が明かされることで、家長権の争いの陰に、家族に虐げられた者の復讐があったことが分かる。
森田の勝利を一度挟む構成だからこそ、三兄弟を制圧しても収まらない、この家の憎しみが重く迫ってくるのである。

この仕事が森田自身に残したものは、森田が引退を決めた理由にもつながっている。

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