『タッチ』では、達也が南を甲子園に連れていこうとします。
『H2』では、比呂と英雄が、野球でも恋愛でも向き合います。
同じ甲子園を目指す漫画でも、試合が人物たちに持つ意味は違います。
あだち充さんの二作品では、甲子園を目指す理由にも、対戦相手との関係にも、恋愛が関わっています。
『タッチ』では、南との約束が甲子園につながる
上杉和也を失った後、兄の達也は、南を甲子園に連れていくという願いを引き継ぎます。
その道のりには、亡き弟への思いと、南への思いが重なっています。
甲子園への切符を手にした後、達也は南に自分の気持ちを伝えます。
野球の目標へ進むことが、幼なじみとの関係を進めることにもつながっているのです。
野球と恋愛が重なるのは、達也だけではありません。
勢南の西村勇は、明青との対戦を前に敗退し、達也に甲子園へ行くよう声をかけます。
西村は、達也が甲子園に行けば南が喜ぶことに触れ、幼なじみの二人をうらやむ言葉も口にします。

この場面には、西村自身の夏の終わりと、達也に託す甲子園、そして南への思いが一緒に描かれています。
野球の目標と、幼なじみの関係へのうらやましさが、一続きの会話になっています。
『H2』では、対決する二人の関係が試合の山場になる
『H2』の国見比呂と橘英雄は、親友であり、投手と打者のライバルでもあります。
さらに、英雄の恋人・雨宮ひかりは、比呂の幼なじみであり、初恋の相手です。
比呂が進学先で出会う古賀春華も含め、四人の関係が、野球と並んで描かれます。
あだちさんは、『漫画家本vol.6 あだち充本』のインタビューで、比呂と英雄の直接対決と、四人の恋の決着を描きたかったと話しています。
その後の甲子園決勝を描くつもりはなかった、とも説明しました。

『タッチ』では、南を甲子園に連れていく願いが、達也の野球と恋愛を結びます。
『H2』では、ひかりをめぐる思いも抱えた比呂と英雄が、マウンドと打席で直接向き合います。
甲子園で誰と対決するかが、四人の関係を描くうえでも大切になる構成です。
あだちさんが描こうとした山場は、全国大会の決勝という、競技の上で最も大きな試合とは違っていました。
木根の勝利が、比呂と英雄の対決へつながる
ただ、比呂と英雄の対決までの試合にも、ほかの選手の青春があります。
高三の夏、甲子園の準々決勝では、千川の木根竜太郎が先発し、完投勝利を収めます。
最後に、喜ぶ木根の姿と、次の試合が明和一対千川になることを示す日程が並びます。

木根が自分の夢を果たした場面が、そのまま、比呂と英雄が向き合う次の試合へつながっていく。
木根の喜びも、二人の対決を待つ気持ちも、同じページで受け取れます。
主人公たちの恋愛が進む間にも、仲間には仲間の、野球に懸ける思いがあるのです。
野球の「間」には、人物の気持ちを描く余地がある
元担当編集者の市原武法さんは、柳川悠二さんとの対談で、野球には九人対九人の試合の中に、一対一の真剣勝負があると話しています。
柳川さんは、プレーが途切れる「間」が多いことにも触れました。
市原さんは、その「間」を大切にするあだち作品と、野球の相性を説明しています。

投手と打者が向き合い、次の一球を待つ。
試合が終わり、勝った選手や負けた選手が言葉を交わす。
あだち作品では、そうした時間にも人物の関係が描かれます。
西村が達也に声をかける場面も、敗退した選手の、その後を描く会話でした。
まとめ
『H2』の決勝を描かない終わり方には、比呂と英雄の対決と、四人の恋の決着を描くという作者の狙いが表れています。
大会のどこまで進むかに加えて、その試合で誰と向き合うかを大切にする。
だから、あだちさんの野球漫画では、試合の行方を追うことが、人物たちの関係を見届けることにもなるのです。


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