比古清十郎が葵屋に現れたとき、巨大な刀を振るう不二には、まだ才槌という指図役がいた。
ところが比古は才槌の話を退け、不二本人に語りかける。
比古に敗れる戦いが、なぜ不二にとって大切な勝負になったのか。
不二が得たのは勝利でも、罪を帳消しにする言葉でもない。
自分の剣を見た相手と、自分の意志で戦う機会だった。
才槌への恩義は、不二の意志を奪う理由になるのか
不二は異様な巨体を恐れられ、討伐されかけたところを才槌に救われた。
不二が才槌に恩を感じるのは自然なことだ。
しかし才槌はその恩を持ち出し、不二に余計なことを考えず自分に報いればよいと言う。
不二の力を必要としながら、不二自身が何を望むかは脇へ追いやっている。

不二は才槌の命令で葵屋を襲う。
葵屋の人々がその巨体を恐れたのも、建物を壊すほどの力を目の前で見たからだ。
不二の行動を忘れて、周囲だけが一方的に不二を誤解した話にはできない。
それでも、不二がただの破壊道具ではないことと、葵屋を襲った責任は両立する。
比古は巨体の奥に剣士を見た
比古は不二の一太刀を受け、不二を図体だけの化け物として扱わない。
不二の剣から、武芸を身につけた一人の武人を見て取る。
これは「体が大きいから強い」という評価とは違う。
才槌が利用してきた怪力だけでなく、不二が身につけた剣術の腕を認める言葉だった。
比古は不二に鎧を脱げと促すが、戦うかどうかは不二に選ばせる。
さらに比古は、不二が全力を出しても倒せない相手として自分が立っていると告げる。
巨体で相手を圧倒する仕事ではなく、相手も応じる勝負を不二に差し出したのだ。

負けたのに、なぜこの勝負は大切なのか
不二は鎧を外して比古に向き合い、剣士同士として勝負を始める。
比古が勝ち、不二は敗れる。
だが不二が変わったのは、比古に負けた瞬間ではない。
才槌の指示ではなく、自分の判断で比古と立ち合うと選んだときだ。

不二の敗北は、葵屋を襲った事実を消さない。
それでもこの勝負が不二にとって特別なのは、比古が優しい言葉をかけたからだけではない。
比古は不二を、一太刀を交える相手として扱った。
才槌に救われた過去は変わらなくても、不二は自分の剣で比古に応じた。


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