志々雄一派の安慈は、人を救うために「この世の全て」を壊して無に戻すと語る。
一方で、安慈は宇水が操を殺そうとしたとき、その槍を砕いて命を守った。
無益な殺生を嫌う僧が、なぜ世界の破壊を救世と呼ぶのか。
安慈は優しさを失ったのではない。
寺の子供たちを救えなかった後、安慈は救う相手と罰する相手を自分で選び、そのために世を壊そうとした。
寺を焼かれても、怒りだけが残ったわけではない
安慈は十楽寺で、戦争で親を失った子供たちと暮らしていた。
寺が廃されると決まったとき、安慈は村に居座って争うのではなく、子供たちを連れて別の土地へ移ろうとする。
安慈が守りたかったのは寺の建物より、そこで暮らす子供たちだった。
だが村長たちは、安慈たちが去る前に寺へ火を放つ。
安慈は子供たちの無事を祈ったが、目を覚ましたときには全員が死んでいた。
安慈は焼け跡に残った仏像へ、なぜ子供たちを見捨てたのかと問いかける。
ここで安慈が疑ったのは、祈りと善良さが子供たちを守ってくれるという信頼だった。

子供の椿は以前、怒るときにはきちんと怒るよう、穏やかな安慈に言っていた。
安慈が村長一味の罪に怒るだけなら、世の全てを壊す必要はなかった。
しかし安慈は、子供たちを奪った者を罰するために力を得た後、救われるべき人と罰せられるべき人を分けて考えるようになる。
「壊した後に救う」という順序
安慈は左之助に、世界を一度破壊して無に戻し、それから救うべき人を救い、罰するべき人を罰すると語る。
安慈の目標は破壊だけで終わらない。
だが、この順序では、生きている人々の暮らしも、救う前に壊す対象へ入ってしまう。

安慈は明治政府を倒すという目的で志々雄に力を貸す。
それでも、志々雄が作る世が安慈の救世に合わなければ、安慈はそれも再び破壊すると言う。
安慈は志々雄に従って善悪を決めているのではない。
誰を救い、誰を罰するかを最後に決めるのは安慈自身なのだ。
安慈の判断だけで次の世界も壊せるなら、破壊がいつ終わるのか分からない。
だからといって、安慈が目の前の命をどうでもいいと思っていたわけではない。
宇水に襲われた操を助け、無益な殺生を止めようとした行動には、寺にいたころの安慈の優しさが残っている。
問題は優しさが消えたことではなく、誰を守り、誰を罰するかを安慈一人の判断にしたことだった。

左之助は何を止めたのか
左之助にも、敬愛する赤報隊の隊長・相楽総三を新政府側に処刑された過去がある。
そのため左之助は、安慈の怒りを知らない立場から「怒るな」と説いたわけではない。

左之助が戦いの末に問うのは、死んだ子供たちが、安慈の続ける破壊を本当に望むのかということだ。
安慈は子供たちの位牌を身につけ、子供たちが生まれ変わるときまで負けられないと語った。
安慈にとって子供たちは、戦い続ける理由になっていた。
左之助の言葉は、子供たちを思う気持ちを否定せず、その気持ちが今の破壊を正当化できるのかを安慈に突きつける。
左之助が死者の望みを知っていたという話ではない。
かつて子供たちを大切にした安慈自身に、子供たちのためという理由を考え直させる言葉だった。
安慈は敗れた後、自ら警察へ出頭する。
左之助の拳が強かったから、どちらの考えが正しいか決まったわけではない。
左之助が安慈に思い出させたのは、十楽寺で子供たちの暮らしを守ろうとした和尚の姿だった。
世界を壊してから救うという安慈の方法は、今を生きる人々の暮らしまで先に壊してしまう。
安慈は子供たちを思う気持ちを捨てずに、その方法から離れた。


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