楳図かずおさんは、文明が発展すれば未来も明るくなる、という見方に疑問を持っていました。
作品の中心になるのは、荒れ果てた環境で生きる子どもや、成長する機械、地球上の生き物たちです。
『漂流教室』『わたしは真悟』『14歳』についての本人の説明から、未来を見る視点をたどります。

『漂流教室』では、ひどい環境に子どもを送り込む
楳図さんは2009年のインタビューで、『漂流教室』では、厳しい環境で懸命に生きる子どもたちを描きたかったと話しています。
そのため、子どもたちは、いきなり荒れ果てた未来へ放り込まれます。
文明の発達がもたらす明るさと、破滅の危険を並行して考えていた、という説明もしています。

2002年の講演では、子どもたちの受け止め方の変化にも触れました。
ひどい目に遭っていると感じていた子どもたちが、自分たちは未来へ送り込まれた希望なのかもしれない、と考えるようになる。
楳図さんは、そうした気持ちの変化も物語の中心として語っています。
『わたしは真悟』では、機械の成長と人間の暮らしを描く
『わたしは真悟』では、最初から人間のように動くロボットが出てくるわけではありません。
少年の悟と少女の真鈴に接した産業用ロボットが、言葉などを覚えていきます。

楳図さんは同じ講演で、ロボットを歩かせるまでの大変さを振り返っています。
話を進めて階段を上らせたくても、まだ機械がそこまで成長していないので、簡単には上らせられない。
登場人物である機械と一緒に、その動きを考えていたそうです。
一方、2016年のインタビューでは、仕事を失った悟の父と、裕福に暮らす真鈴の父の対比も描きたかったと話しています。
機械にできることが増える物語と、その変化の中で生きる人間の暮らしが、同じ作品に置かれています。
詳しい制作の狙いと、その後の作品歴は、『わたしは真悟』を描いた仕事でも紹介しています。
『14歳』では、地球の生き物全体へ視点を広げる
『14歳』の未来では、人間は汚れた地上を避け、快適な地下で生活しています。
食べ物はバイオ技術で作られ、その食品工場の培養肉から、チキン・ジョージが生まれます。
第1巻の出版社の紹介にも、快適な人間の暮らしと、傷んだ地球の状態が並んでいます。


楳図さんは2002年の講演で、この作品を動物マンガのつもりで描いていたと話しました。
視点は一つに収まらず、地球に住む生き物全体にあり、日本以外の国も含めて世界全体が動く話だと説明しています。

楳図さんは、チキン・ジョージの話や母と子の話を取り出せば、それぞれ別の物語としても成り立つかもしれない、と語っています。
それらを一つの長編へ集めたのが『14歳』でした。
未来にどんな技術があるかに加え、その地球を誰の立場から見るのかも、作品の大きな部分になっています。
まとめ
楳図さんが疑っていたのは、文明の進歩を明るい未来と同一視する見方でした。
三作は、その疑問を、子どもたちの生存や機械との暮らし、地球の生命をめぐる物語として読める作品です。


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