望月ミネタロウのアシスタント体制はどう変わった?『万祝』の重い原稿からたどる

眼鏡をかけ傘を持つ望月ミネタロウの写真 望月ミネタロウ
望月ミネタロウ/本人取材掲載写真。

2023年の取材で、望月ミネタロウさんは、『ドラゴンヘッド』『万祝』を約6人、『東京怪童』を約2人で制作していたと振り返っています。
人数の変化には、トーンを貼る仕事が減ったことも関わっていました。
初期の『バタアシ金魚』には正式なアシスタントがおらず、友人が手伝っていたという出発点から、描き方に合わせて仕事場も変わっていったのです。

『バタアシ金魚』の頃は、遊びに来た友人が手伝っていた

『総特集 望月ミネタロウ』の本人インタビューの公開抜粋で、望月さんは初期の仕事を振り返っています。
当時はアシスタントを雇うという発想そのものがなく、消しゴムかけや、黒く塗りつぶすベタ塗りを友人に手伝ってもらっていました。

バタアシ金魚第1巻の、ゴーグルを着けた少年の書影
『バタアシ金魚』第1巻/望月峯太郎、講談社。 出典

遊びに来た友人が、横でカップラーメンを食べている。
そんなときに消しゴムかけを申し出た友人へ任せると、原稿が破れてしまったという失敗談も語っています。

『万祝』では、トーンを重ねて原稿が重くなった

取材の続きで、アシスタントが入った作品として挙がるのが『ドラゴンヘッド』と『万祝』です。
望月さんは約6人で制作していたと話しています。
とくに『万祝』は、トーンを貼る作業が多い作品でした。

トーンを何枚も重ねて貼り、紙の原稿そのものが重くなるほどだったというのです。
望月さんの話では、トーンで絵を描くような感覚になるほど、仕上げの作業が多くありました。
その仕事が減っていくにつれて、アシスタントの人数も減っていったと説明しています。

『東京怪童』では約2人で制作

『東京怪童』にもアシスタントは入っていましたが、望月さんが挙げた人数は約2人です。
自分では描けない部分や、描くのが面倒な部分を頼みたいという、分担についての考えも話しています。
約6人から約2人という数字は、2023年の取材で過去の連載を振り返ったものです。

望月ミネタロウ名義の東京怪童第1巻の書影
『東京怪童』第1巻/望月ミネタロウ、講談社。 出典

『東京怪童』は、トーン作業にデジタルを取り入れ始めた時期の作品でもあります。
後には『犬ヶ島』頃にフルデジタルへ移ったと、同じ取材で説明しています。
デジタル制作へ移った経緯をたどると、望月さんの制作環境が、人数だけでなく道具の面でも変わってきたことが分かります。

まとめ

『万祝』の原稿が重かったという話は、完成したページからは分かりにくい、紙に手を加え続ける仕事の多さを伝えています。
望月さんの制作体制をたどることは、絵柄だけでなく、その漫画がどう仕上げられてきたかを知ることにもつながります。

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