椎名高志の「まんが家バックステージ」は、少年サンデー公式サイトで読める、本人の制作話や近況の記録です。
キャラクターの語尾を担当編集者と決めた話、作品の年代設定、連載中に気に入っていた人物のことなどが書かれています。
今は完成した漫画として読む作品を、椎名が描きながら考えていた頃の言葉で振り返れるのが、この記録の面白さです。
公式サイトに残る、2000年から2008年の記録
椎名高志のバックナンバーには、2000年のVol.1から2008年のVol.21までが並んでいます。
『MISTERジパング』『一番湯のカナタ』から、『絶対可憐チルドレン』の連載とアニメ化の頃までに当たる記録です。
毎回同じ内容を報告する日誌ではなく、作品づくりの話に、本人の雑談や刊行案内も交じっています。
ページを開くときは、Vol.番号と掲載年を一緒に見ると、その言葉がどの仕事の時期のものか分かります。
作者ページで「最新メッセージ」と案内されているVol.21も、掲載日は2008年です。
現在の新刊予定を知るページとしてではなく、当時の仕事を読む入口として楽しめます。
カナタの「カナ」は、担当と笑って決まった
制作のやり取りが具体的に伝わるのが、2002年のVol.5です。
『一番湯のカナタ』の新連載が始まった時期に、主人公の語尾について書いています。
『一番湯のカナタ』は、銭湯を支える高校生のもとに、亡命した異星の王子・カナタたちがやってくるSFコメディです。

担当編集者から言葉遣いに特徴がほしいと言われた椎名は、王族らしい上品さと、少年漫画の主人公としての親しみやすさを両立させようとしました。
椎名は、丁寧な言葉だけでは相手との距離を感じさせ、方言も自分が考えるカナタの王族らしさとは違うと感じていました。
椎名と担当は徹夜で、さまざまな言い方を試したといいます。
そこで出たのが、名前のカナタに合わせて、語尾に「カナ」を付ける案でした。
椎名は、疑問形なら相手を傷つける断定を避けられ、政府の意向と違う発言にも慎重になれる、と考えます。
椎名はカナタの立場から、疑問形で話す理由も考えていました。

実際にネームの台詞へ付けてみると、椎名と担当は二人で笑い、採用を決めました。
短い「カナ」の裏には、主人公にどう話してほしいかを考え、言葉を試した二人の打ち合わせがありました。
『絶チル』の2010年設定に、連載中の戸惑いも残る
2007年のVol.20では、『絶対可憐チルドレン』の年代設定について話しています。
椎名は、少し先の未来を舞台にし、覚えやすい年にするため、物語の出発点を2010年にしたと説明しました。
ところが、皆本の学生時代を描いている最中に、作中の時間から計算すると、その過去の話が2008年になると気付きます。
書いている椎名にとっては、2008年はまだ翌年でした。
登場人物にとっての昔が、掲載当時の読者にとっては未来になっていたわけです。

椎名は、もっと先の年代でもよかったかもしれないと振り返りつつ、戦争を体験した世代の子供時代も描きたかったと話しています。
登場する子供たちだけでなく、おじいさんもおばあさんも、かつては子供だった。
年代を決めた背景には、いろいろな時代を生きたエスパーの少年少女時代を描く考えもありました。
後から読めば2008年も2010年も過去ですが、この文章には、両方がまだ未来だった連載当時の感覚が残っています。
『絶チル』で人物の成長に合わせて時間を進めた方針とは別に、舞台の年を選ぶときの事情を知ることができます。
連載中の人物の見方や、仕事の近況も読める
2007年のVol.15では、澪とマッスルを組ませたことについて、思いつきで作った編成だったが、よいコンビだと話しています。
椎名は、マッスルが澪を励ます場面を挙げ、面倒見のよい優しさを気に入っていると説明しました。
人物が物語の中で何をしたかだけでなく、その時点で作者がどこを好きだったかも読めるのです。

2008年のVol.21では、短編集や小説版、ガイドブックなどの刊行が重なった時期の仕事に触れています。
椎名は、疲れて原稿に取り組むのが苦しくなっていたところに、アニメ主題歌を歌う可憐Girl’sからビデオメッセージが届き、元気が出たと書きました。
制作の工夫ばかりでなく、その日の仕事を支えた小さな出来事も残っています。
まとめ
バックステージは、完成した作品を作者が後から解説するだけの場所ではありません。
語尾を決めて笑った打ち合わせや、連載中に気付いた年代のことなど、漫画を作っている最中の言葉にも触れられます。
気になった作品の時期へ戻り、担当との相談や作者が気に入っていた人物の話を読む。
好きな漫画が一話ずつ作られていた頃に近づける、短い読み物の集まりです。

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