『烈火の炎』が終わった後も、安西信行さんには手紙が届き続けていました。
台湾では、作者と話すために日本語を勉強した読者に会い、幕張では、初連載の頃から好きだという人に声をかけられます。
2002〜2003年の本人の記録には、作品が終わっても続く読者との交流が、驚きや笑いとともに残っています。

完結しても届き続けた『烈火の炎』への手紙
『烈火の炎』が完結した2002年、安西さんは完結時のコメントで、寄せられた手紙を全部読んだと伝えました。
その後もファンレターやメールは届き、安西さんは同年6月のコメントで、大切に読んでいると感謝しています。

翌年に『MÄR』の開始を知らせる文章でも、安西さんは『烈火』の完結から一年たっても、毎週手紙をもらっていると書いています。
安西さんは、その人たちに次の作品も楽しんでほしいと願いました。
前作の読者への感謝を、新作を知らせる言葉の中でも伝えていました。

台湾では、話すために日本語を学んだ読者と出会う
安西さんは、2002年9月の記録で、台湾のサイン会を振り返っています。
それまでのサイン会は福岡での一度だけで、二度目が海外でした。
スタッフを連れて向かった会場には、多くの人が集まっていました。
安西さんは来場者が少ないことを心配していましたが、多くの人が来てくれたことを喜びました。
安西さんを驚かせたのは、日本語で話す人の多さです。
作者と話すために勉強した、と伝える読者までいました。
一緒に写真を撮りたいと言う人も多く、安西さんは、その積極的な接し方に驚きながら、楽しい一日だったと振り返っています。
この交流の後も、安西さんは、海外でも自分の漫画が読まれていることには、まだ実感がわかないと書いています。
その一方で、責任感と、もっと頑張ろうという気持ちは大きくなったと語りました。
幕張では、初連載からの読者に声をかけられた
2003年6月、安西さんは幕張メッセでもサイン会を行いました。
本人の回想によると、整理券は三分ほどでなくなったそうで、受け取れなかった人たちも会場の前に並んでいました。
安西さん自身はとても緊張し、何を言っていたか、よく覚えていないと振り返っています。
会場では、話しかけてくれる人が多く、楽しい時間になりました。
なかには、初連載の『R・PRINCESS』の頃から好きだと言う人もいて、安西さんは照れながら喜んでいます。
『烈火の炎』や『MÄR』の前から作品に親しんでいた人とも、直接会えたのです。

サイン会が終わると、思いがけない電話が入りました。
会場に見に来ていた母親からでした。
祖母がサンデーを見て、母親に会場へ行くよう勧めたのだそうです。
スタッフや編集部の前で親子が会い、母親は編集長たちに、息子はわがままではないかと話しかけます。
安西さんは、この出来事でひどくへこんだと書いています。
後で声をかけてくれた三人組の男の子たちにも、うまく応じられなかった理由を文章で明かしました。
疲れた話が続く回想の最後に、安西さんはサイン会が大好きだと書き、また会おうと読者に呼びかけています。
サインを受け取った人へ感謝を伝え、整理券をもらえずに見ていた人には、申し訳なかったと呼びかけていました。
まとめ
完結後の手紙を受け取った安西さんは、新作もその読者に楽しんでほしいと語りました。
台湾のサイン会については、責任感と、さらに頑張ろうという気持ちが増したと振り返っています。
読者への感謝が、次に漫画を届ける意欲へつながっていく様子が、本人の言葉から伝わります。

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