『るろうに剣心』斎藤一はなぜ剣心と共闘できるのか――譲らなかった「悪・即・斬」

『るろうに剣心』単行本7巻の表紙。斎藤一と緋村剣心 るろうに剣心
『るろうに剣心』第7巻/和月伸宏・集英社

斎藤一は、剣心が掲げる「不殺」を受け入れて仲間になったわけではない。
東京で再び刀を交えたとき、斎藤は剣心を人斬り抜刀斎の戦い方へ引き戻しかけた。
それほど激しく対立した二人が、京都では共に志々雄一派を追う。
斎藤は誰に従うかではなく、誰を斬るべき悪と見るかで動いていた。

剣心と斎藤が再び刀を交える原作場面
『るろうに剣心』第57幕/和月伸宏・集英社

斎藤が従うのは、政府でも剣心でもない

斎藤は幕末には新選組の隊士として維新志士と戦い、明治には「藤田五郎」の名で警官になる。
かつて敵だった明治政府のもとで働く姿は、勝った側に従ったようにも見える。
だが斎藤は、政府に属することと、政府のすることを正しいと認めることを分けている。
権力者が私欲で国を損なうなら、その権力者も斬るというのが斎藤の立場だ。

斎藤は幕府側が敗れたあとも「悪・即・斬」を捨てない。
新政府の警官という立場は、その信条を明治でも貫くために使っている。
だから剣心と行動を共にするときも、斎藤が「不殺」へ転向したとは言えない。
斎藤は志々雄を止めるべき相手と判断し、その戦いで剣心の力を必要とした。
斎藤が誰と組むかを決めることと、斎藤が自分の信条を変えることは別なのである。

宇水との戦いでは、二人の道が分かれる

志々雄一派の甲鉄艦「煉獄」を前に、剣心・斎藤・左之助は並んで行動する。
志々雄を止めるという目的では、三人の進む方向は一致している。

剣心、斎藤、左之助が志々雄一派の前に並ぶ原作場面
『るろうに剣心』/和月伸宏・集英社

しかし志々雄の拠点で宇水が立ちはだかると、剣心たちは先へ進み、斎藤が宇水と戦う。
斎藤は宇水に、不殺を続ける剣心がそばにいては宇水を殺す邪魔になると話す。
斎藤は剣心との違いを承知したうえで、宇水を殺す道を選んでいる。
宇水から、これからも自分の道を貫けるのかと問われた斎藤は、死ぬまで貫くと即答する。

志々雄の拠点で斎藤が宇水と対峙する原作場面
『るろうに剣心』/和月伸宏・集英社

剣心が斎藤に宇水との戦いを任せたからといって、斎藤の殺し方まで認めたとは限らない。
人誅編では、斎藤が八ツ目無名異にとどめを刺そうとするのを剣心が止める。
志々雄を倒すためには協力する。
それでも目の前で斎藤が人を斬ろうとすれば、剣心は不殺を譲らない。
二人の協力には、こうした衝突が残っている。

人誅編で斎藤が八ツ目無名異と戦う原作場面
『るろうに剣心』/和月伸宏・集英社

剣心も、自分の勝利を正義の証明にはしない

では、剣心はなぜ自分と正反対の方法で戦う斎藤と並べるのか。
宗次郎に勝ったあと、剣心は「勝った方がすべて正しい」とは考えないと伝える。
勝者の考えが常に正しいのなら、それは志々雄の「弱肉強食」と同じになってしまうからだ。

剣心は不殺を貫くが、勝負に勝ったことを理由に、自分の生き方を他人への唯一の答えにはしない。
剣心は斎藤に不殺を誓わせることなく、志々雄を止めるため共に進む。
一方で、八ツ目を前にした剣心は斎藤を止めた。
剣心にとって、共に戦うことは、斎藤が人を斬るのを何度でも見過ごす約束ではなかった。

斎藤が断った、最後の決闘

旧本編の終盤、剣心は斎藤に決闘を申し込む。
斎藤はその申し出に応じず、決着をつけたかった相手は人斬り抜刀斎であって、今の剣心ではないと張に話す。

斎藤は「悪・即・斬」を捨てたのではない。
斎藤が見ている剣心の姿が、幕末に戦った人斬りとは変わったのである。
初めて明治の剣心と戦ったとき、斎藤は剣心をかつての抜刀斎へ引き戻しかけた。
最後には、その抜刀斎を今の剣心との決闘では見いだせないと判断した。

斎藤自身の信条は変わらず、剣心の不殺にも従わない。
しかし斎藤は、剣心がもはや自分の追った人斬りではないことを見ていた。
斎藤が変えたのは「悪・即・斬」ではなく、剣心への見方だった。
不殺へ賛成したわけではない斎藤が決闘を断るからこそ、剣心が過去の人斬りとは違う道を歩んだことが伝わってくる。

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