沢田は天を刀で斬った。
その沢田を、天は「優しい人」だと言う。
ひろゆきは、その理由を救急車の中で天から聞く。
ひろゆきが先に知ったのは、沢田が天を斬ったという事実だった。
天がひろゆきに話すのは、沢田が斬る前に何を見逃し、誰のために損な役を引き受けていたかだった。
天自身の傷を知るには、この二人の間で何が起きていたかまで見る必要がある。
沢田は、仕掛けに気づいていた
沢田がひろゆきのもとへ来たとき、ひろゆきはまず天が斬られたことを知る。
沢田は、天が自分を侮辱したため、いずれこうするしかなかったと話す。
ひろゆきが天を心配し、沢田への怒りを募らせるのも、この時点で聞いている説明を考えれば自然だ。

ところが天は、救急車の中でひろゆきの見方を訂正する。
沢田は天の仕掛けに気づきながら、天に勝ちを譲っていたという。
勝負の席で仕掛けを指摘すれば、天や中西のためにはならない。
沢田は、それを見逃すことで二人の側に立った。
その選択は、沢田にとって気軽な親切ではない。
沢田はヤクザとしての立場を持つ人間であり、天たちを助けるために不正を見逃したことは、大きな失策にもつながる。
ひろゆきは斬られた天の負担を見ていたが、天はその前に沢田が背負った負担を見ていたのだ。

沢田は、斬るときにも加減していた
天によれば、沢田は天や中西のために泥をかぶっただけでなく、ひろゆきの面倒も見てくれた。
ひろゆきが代打ちの世界へ入るうえで、沢田との出会いは幸運だったとも天は話す。
天の言う「優しい人」は、斬られても許してしまうための曖昧な褒め言葉ではない。
沢田が実際に引き受けた仕事と負担を指している。
沢田は、けじめとして天を斬る際にも加減していた。
天は、沢田が自分で手を下したことについて、若い者に任せると加減を知らず危ないからだと説明する。
沢田が斬った傷についても、見た目ほど深くないと天は話す。
勝負を見逃した沢田は、その後のけじめでも、天の受ける傷を抑えようとしていた。

ただ、天の負傷がすべて予定どおりだったわけではない。
頭の傷は、斬られた際に倒れて負ったものだった。
天自身も、命を脅かした頭の傷を不可抗力として説明する。
沢田が加減したことと、天が命を落とす危険に陥ったことは、両方ともこの場面にある。

そのうえで、天はひろゆきに、沢田を恨む気持ちはないと伝える。
自分が勝ちを得た陰で沢田に負担を負わせた以上、天は斬られた自分だけを被害者として扱わない。
天は自分の傷について話すときにも、沢田が受けた損をひろゆきに伝えている。
ひろゆきが知った、損な役を引き受ける優しさ
天は、自分の過去を立派なものとして語らない。
長い間、人を欺き、陥れることで生きてきたと話す。
ここで天が沢田への礼を言いたいと考えているのは、傷を負わせた相手だからではない。
沢田が自分たちのためにしてくれたことを、天が分かっているからだ。

ひろゆきは、天が勝ったときにも、沢田が天を斬ったと聞いたときにも、この二人の間にある負担を理解していなかった。
救急車内の会話を経て、ひろゆきはようやく、二人がそれぞれ損な役を引き受けていたことを知る。
その驚きが、ひろゆきの言う「自分を傷つけることでしか人に優しくできない」という言葉につながる。

ひろゆきが心を動かされたのは、勝った天の強さよりも、人を助けるために自分の損を引き受ける二人の姿だった。
天と対局していた沢田まで、天と同じように誰かを助けようとしていた。
天への同情だけでは、この場面でひろゆきが知った優しさのすべてを説明できない。
天を斬った沢田も、天やひろゆきを助けた人間だったのだ。


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