和月伸宏さんがデジタル作画を商業作品へ初めて取り入れたのは、2016年発表の読切『―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ』です。
『エンバーミング』の連載初期から試したものの、連載の最中には作業方法を切り替えられませんでした。
完結後に練習し、従来の画風を保てる見通しが立ってから『明日郎』へ取り入れました。
『エンバーミング』の連載中には切り替えられなかった
2016年の本人への取材で、和月さんは『エンバーミング』の連載初期からデジタル作画に取りかかっていたと振り返っています。
しかし、毎月の原稿を仕上げながら作業方法まで変えるのは難しく、連載には導入できなかったそうです。
和月さんは機械が苦手だったとも話しています。
連載の終盤には、作品が終わったらデジタルを学ぼうと考えるようになりました。
『エンバーミング』は2015年に完結します。
和月さんは、連載を終えた後に練習へ移りました。
練習を経て、2016年の『明日郎』で商業作品に使った
和月さんは『エンバーミング』の終了後、妻の黒碕薫さんの同人サークルでデジタル作画を試しました。
その後、2016年の読切『明日郎 前科アリ』に取り入れます。
和月さん自身が、同作を商業作品での「初めての実践投入」と説明しました。
『明日郎 前科アリ』は、のちに『北海道編』第1巻へ「序幕」として収録されています。
新しい作画方法を最初に使った商業作品が、剣心の物語の続きにもつながりました。

決め手は、自分の絵をデジタルでも描けること
なぜ和月さんは切り替えに踏み切れたのでしょうか。
本人は、デジタルの道具を使っても、従来の画風を出せると感じたことを挙げています。
尊敬する漫画家・内藤泰弘さんの作品を見たときも、どの回からデジタル作画になったのか気づかなかったそうです。
その経験から、デジタルでも手描きの頃のような表現ができると考えました。

2016年の取材で和月さんは、アナログとデジタルの優劣よりも、道具を使いこなせるかどうかを重視すると話しています。
効率化できる部分はある一方、当時は画面をデジタルらしくしすぎないよう気をつけているとも説明しました。
新しい作画法の導入を語るときにも、和月さんが基準にしていたのは、自分の漫画の見え方でした。
まとめ
連載中には移行できなかった和月さんは、完結後に練習し、デジタルでも従来の画風を出せそうだと見通してから、2016年の『明日郎 前科アリ』で商業作品へ踏み切りました。
和月さんのデジタル移行は、絵を変えるためではなく、自分の絵を別の道具でも描き続けるための選択だったといえます。


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