和月伸宏はなぜ『週刊少年ジャンプ』からジャンプSQ.へ移った? 月刊で見えた別の難しさ

ジャンプSQ.のロゴ 和月伸宏
『ジャンプSQ.』ロゴ。集英社作/Wikimedia Commons(PD-textlogo)。

和月伸宏さんは、『武装錬金』の週刊連載を終えた後、同じペースを続けるのは体力的に難しいと考え、月刊誌などで描くことを検討しました。
そこへ『ジャンプSQ.』創刊の話と連載の誘いが重なり、2007年の創刊号から新作『エンバーミング』を描き始めます。

『武装錬金』の週刊連載を終え、月刊誌を考えていた

和月さんは『るろうに剣心』の完結後も、『週刊少年ジャンプ』で『GUN BLAZE WEST』と『武装錬金』を連載しました。
2016年の本人への取材で、2005年に『武装錬金』の週刊連載を終えたころ、週刊のペースを今後も続けるのは体力的に難しいと感じたと振り返っています。

次は月刊少年ジャンプかウルトラジャンプ、あるいは隔週刊のスーパージャンプで描ければと考えていました。
発表する間隔を変えて描く道を探していた時期でした。

その時期に月刊少年ジャンプの刷新と『ジャンプSQ.』の創刊を知らされ、声をかけられました。
集英社は2007年に『ジャンプSQ.』を創刊しています。
和月さんは創刊号から『エンバーミング』を連載しました。

和月伸宏『エンバーミング』第1巻の表紙
『エンバーミング―THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN―』第1巻(和月伸宏/集英社)。

月刊では考える時間が増えた

和月さんは、月刊では作品について考える時間が増えたため、思ったほど余裕はなかったと話しています。
週刊連載のころとは違い、仕事以外の人付き合いに時間を使うことも増えたそうです。

読者に見てもらえる機会は月に一度

和月さんが後から強く意識したのは、月刊誌では読者に新しい話を届ける機会が月に一度しかないことです。
本人は、週刊なら一話がうまくいかなくても翌週に挽回できるが、月刊では次の機会が一か月後になると説明しています。

『エンバーミング』の連載初期には、当時の仕事場の体制と自身の体調が整わず、休載が多くなったとも振り返りました。
月に一度の掲載機会を自分で逃してしまったことを、後年反省しています。

和月さんによれば、週刊連載には忙しさと同時に、毎週描く流れに乗って作品を前へ進められる面がありました。
月刊では、次の号まで読者を引きつけるため、自分で連載の勢いを保たなければならないと感じたそうです。

新しい雑誌の読者像も、描きながら見直した

和月さんが思い描いた『ジャンプSQ.』の読者像も、連載を続けるなかで変わりました。
2016年の同じ取材の続きで、和月さんは当初、週刊少年ジャンプの元読者が主に読む雑誌を想像していたと話しています。
連載を続けるうちに、従来の週刊誌や月刊少年ジャンプの延長ではなく、多様な作品が載る独自の雑誌だと考えるようになりました。
『青の祓魔師』は、創刊初期の『ジャンプSQ.』らしさを形作った作品として挙げています。

和月さんは新しい掲載ペースに加え、創刊間もない雑誌の読者像も、連載を通じて考え直していきました。

まとめ

週刊のペースを続けにくくなった和月さんにとって、『ジャンプSQ.』からの誘いは新作を描く機会になりました。
月刊誌へ移ってからは、週刊の勢いに乗る代わりに、月に一度の掲載機会で連載を自分の力で動かす難しさに向き合います。
掲載間隔を変える選択は、作品を前へ進める方法まで変えることになったのです。

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