『なるたる』『ぼくらの』の作者・鬼頭莫宏さんは、大学時代に新人賞に入選した後、会社員として3年間働いてから上京しました。
受賞を機に、漫画に進むか就職するかで迷い、まずは働いてから結論を出そうと考えたといいます。
最初の作品が雑誌に載った後に、会社勤めの時期がある経歴です。

大学時代に『残暑』が掲載された
鬼頭さんが漫画を描くきっかけになったのは、小学生の頃に友人の家で読んだ貝塚ひろしさんの作品でした。
2017年の本人取材では、絵がつながることで時間が生まれることに驚いたと振り返っています。
絵を描くのは好きでしたが、当初は、漫画家になることを遠い夢のように感じていました。
その夢が少し現実に近づいたのが、大学生の時の受賞です。
講談社の著者紹介によると、名古屋工業大学在学中の1987年に、『残暑』で小学館新人コミック大賞に入選しています。
同作は『週刊少年サンデー』に掲載され、鬼頭さんのデビュー作となりました。

『残暑』は、後年の短編集『姫さまのヘルメット 鬼頭莫宏短編集1987-2022』にも収録されています。
代表作より前にどんな短編を描いていたのかを知りたい人は、この本からデビュー作へ戻ることもできます。
受賞後、まず3年間会社で働いた
新人賞を取ったことで、鬼頭さんは、就職せず漫画に挑むか、就職するかを考えるようになりました。
そこで選んだのが、まず会社で3年間働いてから決めるという道です。
本人インタビューでは、その期間を経て会社を辞め、東京へ出たと話しています。
鬼頭さんにとって、漫画家を目指す決断は、他人からの評価だけで決めるものでもありませんでした。
同じ取材では、周りからどう思われるかよりも、自分が満足できるかを大切にしたと語っています。
1995年の四季賞から、連載へ
1995年には、鬼頭さんはアフタヌーン秋の四季賞に準入選しました。
講談社の略歴では、この作品を第1話として『ヴァンデミエールの翼』の連載が始まったと説明されています。

『ヴァンデミエールの翼』は、魂を宿した自律人形を描く初期の連作です。
出版社の紹介では、造り物の体に生を受けた人形が、自由と自立を求める物語とされています。
学生時代の短編から、複数の物語を重ねる連作へと、仕事が続いていきました。

その後、鬼頭さんは『なるたる』『ぼくらの』などを発表します。
『ぼくらの』は、第14回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞しました。
受賞時の紹介では、命を代償に戦う子どもたちと、残された家族への思いまで描き込んだ点が評価されています。
まとめ
鬼頭さんは後のインタビューで、仮に漫画家として食べていけなかったとしても、その道を目指したこと自体に満足できただろう、と振り返っています。
この振り返りからは、漫画で生計を立てられた喜びと、自分で進路を選んだことへの納得の両方が伝わります。


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