楳図かずおさんは、歌詞にも曲にもストーリーが必要だと考えていました。
詞を先に書き、そこへ曲を付けることが多かったと、2011年のインタビューで話しています。
物語を作るのが自分の仕事だから、歌にもお話があるほうが好きだと語っています。

「プールサイド」で考えた、翌年にはいない人たち
楳図さんと交流のあった音楽家の近田春夫さんは、二人の対談で、「プールサイド」などの詞に、過ぎた時間が戻らないことへの怖さを感じると話しました。
楳図さんもその見方に応じ、この曲は自分で聴いても怖くなると振り返っています。
楳図さんが挙げたのは、今はにぎやかなプールでも、翌年には同じ人たちがおらず、別の人たちが来ている、という発想でした。
人が集まる場所は続いていても、そこにいる顔ぶれは変わっていく。
そんな時間の流れを、一つのお話として考えていたのです。
「寒い夜明け」では、届いた曲に夜明けの風景を重ねた
自作曲では詞を先に書くことが多かった楳図さんも、郷ひろみさんへ提供した「寒い夜明け」では、筒美京平さんの曲を受け取ってから作詞しています。
楳図さんは同じ対談で、詞のもとになった風景も明かしました。

それは、『闇のアルバム』の録音を夜通し行い、六本木のスタジオから明け方に一人で歩いて帰る時のイメージでした。
近田さんは詞に出てくる地名から渋谷を思い浮かべていたため、六本木だと聞いて驚きます。
聴き手が詞から思い浮かべた街と、書き手が思い出していた場所には、こんな違いもありました。
「おろち」の歌は、別の人からおろちを見る
漫画と同じ題名の歌でも、視点を変えて作る場合がありました。
楳図さんは2023年の『闇のアルバム』再発に寄せたコメントで、歌の「おろち」は、おろち自身を主人公にしたものではないと説明しています。
別の人から見た、おろちのイメージなのです。

漫画の『おろち』では、少女のおろちが人間たちを見つめます。
その主人公を、今度は誰かが見つめる。
同じ名の人物を扱いながら、歌では別の人の立場から物語を作っていました。
「ひとりたび」で広がる、想像の中の外国
『闇のアルバム2』の「ひとりたび」について、楳図さんは2011年のインタビューで、日本を出て世界を旅し、話がどんどん大きくなる曲だと説明しています。
そこには、自分自身の心情も歌われているそうです。

外国の曲を作る時に大切にしていたのは、自分の中にある外国でした。
楳図さんは、その説明で漫画の『わたしは真悟』にも触れ、作中のロンドンは自分の想像のロンドンだと語っています。
歌でも漫画でも、頭の中にある風景から、物語の世界を広げていたのです。
まとめ
近田さんは、「寒い夜明け」を聴くたびに、違う意味や情景が浮かぶとも話していました。
同じ場所の人が入れ替わること、見つめる人を変えること、旅先を想像すること。
楳図さんが歌に作った物語には、聴き手がその先の風景を思い浮かべる余地もあります。

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