沙村広明さんが『無限の住人』の投稿作で鉛筆や筆ペンを使ったのは、大友克洋さんに似た絵の癖を変えるためでした。
本人は、鉛筆が使い慣れた画材だったことも説明しています。
作品を見て印象に残る鉛筆の線には、憧れた絵から一歩離れようとした選択と、自分の手になじむ道具を使うという背景がありました。
その経緯を、本人の対談と原画展での発言からたどります。

Gペンで描いていた学生が、先輩からピグマを教わった
2013年に公開された『無限の住人』原画展のトーク記録には、鉛筆を選んだ理由を尋ねる質問があります。
沙村さんの答えは、普段いちばん使い慣れた画材だった、というものでした。
沙村さんは、学生時代にはGペンを使っていました。
自分がGペンで描いた原稿には満足できず、学校の先輩からピグマというサインペンを教わります。
その後もピグマを使い、『無限の住人』の原稿は、基本的に鉛筆とピグマで描いていたと話しています。
普段から使う鉛筆と、人から教わったペンを、沙村さんは漫画の原稿でも使っていたのです。

大友克洋に似た手癖を、道具を変えて抜こうとした
沙村さんは高校時代に『AKIRA』を読み、大友克洋さんの絵から強い影響を受けました。
2017年の藤本タツキさんとの対談では、同人誌時代の作品やペンで描いた作品も、大友さんにそっくりだったと振り返っています。
そこで、沙村さんは『無限の住人』の第1話となる投稿作を、あえて筆ペンや鉛筆で描きました。
大友さんの絵を見て覚えた癖を抜くために、『AKIRA』で使われていなかった画風を選んだのです。
『無限の住人』では、病院の漫画を持ち込んで時代劇へ題材を変える経緯もありました。
新しい題材を描く投稿作で、沙村さんは絵の描き方も変えようとしていたのです。
鉛筆は使い慣れた道具であり、絵を変えるために意識して選んだ道具でもありました。
本人の発言から、道具の使いやすさと、画風を変えたいという考えの両方が分かります。
鉛筆画を、完成した絵として見せる

鉛筆の絵は、下描きとして消してしまうものではなく、読者に見せる完成画にもなっています。
2008年の画集『艶浪 「無限の住人」画集』は、デビュー以来のカラーや鉛筆画を、百点以上収録した一冊です。
鉛筆の線を残して人物や陰影を描くことが、漫画を読む途中で、一枚の絵にも目を留めるきっかけになります。
鉛筆を選んだ理由を知ると、完成した漫画の中に残る線そのものにも目が向きます。
道具だけでなく、黒の置き方も選んでいる
同じ2017年の対談で、沙村さんは背景のトーンや黒の使い方も話しています。
物に色が付いているからそのままトーンを貼るのではなく、大胆に一カ所へ貼り、それで画面が成り立つなら、ほかには貼らなくてもいいという考えです。
光の位置から考えると影が矛盾する場合にも、画面として黒があったほうがよいと思えば塗る、と説明しています。
そのコマをかっこよく見せるために、影の置き方も選んでいたのです。
この対談では、二人で構図を決め、沙村さんが描いた共同イラストのラフも公開されています。
万次と『ファイアパンチ』のアグニが向き合う絵です。

筆ペンや鉛筆を選んだ投稿作の話に加え、沙村さんは、線や黒でコマをどう見せるかも具体的に説明しています。
まとめ
大友克洋さんから学んだ絵の癖を変えるとき、沙村さんは、筆ペンや鉛筆を選びました。
描き方を変える試みが、読者には、鉛筆の線を完成した絵として楽しむ体験にもなっています。
人物の線や黒の置き方に目を留めると、物語と一緒に絵そのものを味わう楽しみも広がります。

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