岩明均が語ったデジタル作画への転換|『ヒストリエ』を続けるための学び

2011年の第14回文化庁メディア芸術祭贈呈式で、トロフィーを持ってスピーチする岩明均 岩明均
2011年、第14回文化庁メディア芸術祭贈呈式の岩明均/写真掲載:コミックナタリー。

岩明均さんは2025年の受賞コメントで、紙とペンからタブレット作画へ切り替えたことを説明しています。
体力面などの弱点をある程度補えると分かり、『ヒストリエ』を完結させる希望が強くなったと述べました。
そのコメントには、デジタル技術を教えてくれるマンガスクールの先生への感謝もあります。
長年漫画を描いてきた岩明さんは、続きを描くための作業を、人に教わっていたのです。

2025年、タブレットで作画する方法へ切り替えたと説明

『ヒストリエ』第1巻の表紙
『ヒストリエ』第1巻(2004年刊)/岩明均、講談社。 出典

岩明さんがこの変化を語ったのは、第49回講談社漫画賞の受賞のことばです。
『ヒストリエ』が総合部門で受賞した際の、2025年に公表された文章です。

岩明さんは、年齢による衰えなどで、もともとの遅筆がさらに遅くなったと説明しました。
従来の紙とペンでは、物語を最後まで描くのは無理だと考えたそうです。
岩明さんは、タブレットを使った作画で、体力面などの弱点をある程度補えると説明しました。

岩明さんが選んだのは、道具を変えて作業を続ける方法でした。
タブレットへの切り替えによって、完結への希望をより強く持つようになったと記しています。
当時は、まだ「ご期待ください」と言える状態ではないとしつつ、作業を進める意向を示しました。

2011年には、手で描く喜びを語っていた

2011年の第14回文化庁メディア芸術祭贈呈式で、トロフィーを持ってスピーチする岩明均
2011年、第14回文化庁メディア芸術祭贈呈式の岩明均/写真掲載:コミックナタリー。 出典

2011年の文化庁メディア芸術祭贈呈式で、岩明さんは紙とペンを使う作業について話しています。
先進的な響きの賞を受ける一方、自分がしているのは原始的な手作業だと語りました。
そこで忘れたくないものとして挙げたのが、手で漫画を描く喜びでした。

2013年の本人インタビューでは、長く描き続けた理由を尋ねられています。
岩明さんは、漫画を描くことを嫌いにならず、自分ができるやり方を探してきたと答えました。
どんな仕事の方法なら描き続けられるかを、本人が考えてきたことが分かります。

当時64歳の作者が、先生への感謝を記した

岩明さんは2025年の受賞コメントで、デジタル技術を教えてくれるマンガスクールの先生への感謝も述べています。
このとき、岩明さんは64歳でした。
新しい作業方法については、人から技術を学んでいました。

岩明さんは同じ文章で、作品をわが子のようでもあり、主君のようでもあると表現しています。
そして自分を、主君である『ヒストリエ』のアシスタントのように考えてきたと書きました。
作品のために働く作者という関係を、本人の言葉で語っています。

まとめ

手作業の喜びを語ってきた岩明さんは、紙とペンでは難しくなった作業を、タブレットで続ける方法へ移りました。
2025年の受賞コメントから分かるのは、道具を変えるとともに、人から新しい技術を学んでいたことです。
『ヒストリエ』を主君、自分をそのアシスタントのように表現した言葉と重ねると、完結を目指して作者自身が作業を学び直していたことが分かります。
長く描いてきた作品の続きを、今の自分が描ける方法で進めていこうとする、当時の本人の説明でした。

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