中条は、セザンヌを見分ける力のない画商ではない。
森田との勝負でも、中条は途中で本物を見抜いている。
それなのに、中条が最後に選んだのは青木の出来の悪い模倣画だった。
この敗北をたどると、中条が確かめようとしていたものが変わっていく。
絵は本物か、という問いから、森田は自分をどう騙そうとしているのか、という問いへ。
額縁につけた印は、中条が確実に勝つための保険だった。
森田はその印を使って、中条に自分の鑑識眼まで疑わせてしまう。
本物を見抜いても、中条は決められなかった
中条は勝負の前に青木を買収し、本物の額縁にチェックをつけていた。
絵そのものを見なくても、印のある一枚を選べばよい。
自分の専門技術に加え、不正な手がかりまで確保した中条は、勝つための準備を重ねている。
勝負が始まると、中条は距離を買って近づき、見えている一枚を本物だと判断する。
だが、中条はその答えを信じきれない。
自分ほどセザンヌを知る人間に、森田が本物を見せるはずがないと疑うからだ。
これは、絵の出来を理由にした疑いとは違う。
中条は絵を見て本物だと思いながら、森田の仕掛けを考えて、その判断を退けている。
そこで中条が頼るのは、事前につけておいた印だった。
自分の目で得た答えよりも、勝負の裏を知っているという安心を求めてしまう。
丸が知らせる、不正を知られたという事実
中条は照明の位置を変えてもらい、額縁の印を確認する。
チェックはある。
しかし、その周囲には中条が描いていない丸まで加わっていた。
森田が、中条の不正を知ったうえでつけた丸だった。
中条にとって、チェックは森田に知られていないことが強みだった。
ところが、丸を見た中条は、その手がかりを森田も知っていると気づく。
中条が印をつけた本物は、そのまま勝負に出されている。
それでも中条は、目の前の絵を選ばせることが森田の狙いではないかと疑い、本物を指す印まで信用できなくなる。

見えている絵を信用できなくなった中条の前には、布で隠された一枚が残る。
森田が覆っていたのは、簡単に見分けられる青木の模倣画だった。
見えていれば中条が容易に偽物だと判断できる絵でも、隠せば中条には確かめられない。
中条はその見えない一枚に、本物ではないかという期待をかける。
中条は、自分が実際に見抜いた本物を捨て、見えない一枚を選んだ。
絵を判別する勝負のはずが、中条の頭の中では、森田の意図を読み合う勝負になっていた。
中条は自分の目まで信じられなくなった

敗北した中条は膝をつき、原作の語りは、土壇場で中条自身が本物を見抜く目を退けたことを指摘する。
中条の鑑識眼が、最初から無意味だったのではない。
中条はその力を持ちながら、自分の鑑識眼に最後の選択を委ねられなくなった。

中条の目は、絵を見て正しい答えを出した。
中条は不正の印でもその答えを確かめようとしたが、森田に印を知られたことで、絵も印も疑うようになった。
誰にも騙されないように勝負の裏を探り続けた中条は、最後には自分で見抜いた答えさえ選べない。
森田が奪ったのは、中条の鑑識眼そのものではなく、その鑑識眼を勝負で使える自信だった。

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