森田鉄雄は、株の専門家でも、長年の経験を積んだ画商でもない。
それでも森田は、銀二の仕事を手伝うだけの立場から、自分で億単位の勝負を仕掛ける人物へ成長する。
森田の才能は、強運という一言では説明しきれない。
自分の手元に残せるものを見つけ、相手が乗りたくなる勝負を作る発想も、森田を支えている。
森田が用意した工夫と、銀二が欲しがる幸運を分けると、銀二の相棒としての力が具体的に見えてくる。
テープを渡した後にも、使える証拠を残す
株の仕手戦で銀二たちが捕らえられたとき、森田は政治家の伊沢へ、仲間の解放を頼みに行く。
伊沢が求めるのは、銀行と政治家の不正に関わる会話を収めたテープだった。
森田は、その証拠を渡して助けを求めることになる。
交渉の後、森田は仲間たちに、手元に残しておいたラジカセを見せる。
大きなラジカセは音が出ないよう細工され、そのスピーカーの配線は小さなレコーダーにつながっていた。
森田は小さい方で録音しながら、大きい方を操作していたのだ。

伊沢に聞かせた内容を、森田は手元にも残していた。
伊沢がテープを持ち去っても、銀二たちは同じ証拠を失わずに済む。
助けを頼めたかどうかに加えて、交渉の後に何が残るかまで森田は考えている。
この成果は、たまたま録音されていたという幸運ではない。
森田が二台の機器を用意し、相手へ渡すものと自分に残すものを分けた結果だ。
画商と同じ土俵で、目利きの腕を競わない
絵画をめぐる勝負で森田が狙う中条は、セザンヌの作品に自信を持つ画商である。
森田が中条以上の鑑識眼を身につけたから、この勝負を作れたわけではない。
森田は、本物を選べば高価な絵を安く買えるという条件で、中条を勝負へ誘う。
ただし、絵は離れた場所に置かれ、三枚のうち一枚は布で隠されている。
もっと近くで見たければ、中条は距離を金で買わなければならない。
森田が提示する値段は、一センチにつき百万円だった。

中条の目利きの自信は、勝負を受ける理由になる。
勝負が始まれば、見えにくさと疑いが、さらに近づいて確かめたいという気持ちを生む。
森田は中条の専門知識そのものを奪うのではなく、その知識に自信を持つ中条が金を出す条件を作っている。
中条を相手にするには、絵を知っていることだけでなく、中条が何を欲しがり、何を疑うかを捉えることが必要になる。
森田の発想は、専門家を相手に、専門知識の量とは別のところで勝負を仕掛けられる点にある。

銀二が欲しがった「偶然」は、用意した策とは別の力
ポーカーで西条との勝負を終えた森田は、さらに西条の残りの金を狙わず、その場を去る。
後で銀二は、この引き際を高く評価する。
森田が去った後には警察が入り、もし勝負を続けていれば稼いだ金を失うところだったという。
森田は、偶然だったと答える。
銀二は、その偶然が欲しいと返す。

森田が警察の来る時刻まで計算して帰った、と銀二が見抜いた場面ではない。
森田が偶然だと話す引き際を、銀二は自分に必要な力として評価している。
このとき銀二が欲しがる強運は、テープの録音のように、準備した手順だけでは説明できない。
だから森田の勝負には、自分で仕掛けを作る力と、結果として危険を避けられる幸運の両方がある。
どちらか一方だけで森田を説明すると、森田が実際に考えて用意した工夫か、銀二が高く買った偶然のどちらかが抜けてしまう。
人間らしさも残したまま、勝負の力を得る
森田には、金のためでも引き受けられない仕事がある。
銀二に殺人を持ちかけられた最初の試験では、森田は金を欲しがりながら、殺すことは引き受けられないと答えている。

森田は相手を欺く策を考え、危険な勝負にも踏み込む。
その一方で、自分が嫌だと思う仕事への抵抗も残している。
この性質は、銀二が森田を信用する理由になるが、後には悪党のために働き続けることへの拒否にもつながる。
その経緯は、森田が引退した理由で詳しく扱っている。
森田の才能は、あらゆる分野で銀二や専門家を上回る能力ではない。
知識や経験が足りない場面でも工夫を考え、相手の欲望を勝負に変える力がある。
銀二は、その力に加えて森田の強運も欲しがっている。
森田が相棒になる過程では、銀二の仕事を覚えることと、森田自身の発想や引き際が認められることの両方が描かれている。


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