『銀と金』森田はなぜ引退した?銀二が信頼した性質が、別れを招いた理由

有賀との戦いの後、悪党になると宣言する森田 銀と金
『銀と金』福本伸行・第21話。

森田鉄雄は「悪党になる」と宣言し、平井銀二を超える男になろうとした。
その森田が、神威家の事件を境に裏社会からの引退を申し出る。
勝負の腕を上げ、大金も得ていた森田は、なぜ銀二のそばを離れたのか。

この別れは、森田が急に別人になったと考えるより、銀二が買っていた森田の性質に注目すると理解しやすい。
森田は金を欲しがるが、金さえもらえれば何でもする男ではなかった。
銀二に信頼されたその潔さが、最後には銀二と働き続けることを拒む理由にもなっている。

裏社会から引退すると銀二に告げる森田鉄雄
『銀と金』福本伸行・神威編後。

銀二は、金だけでは動かない森田を信じた

二人が出会って間もない頃、銀二は森田の前に五千万円を積み、人を殺してほしいと持ちかける。
森田は裏社会に入りたいと頭を下げながら、殺人には応じられないと答えた。

五千万円を示し、森田に殺人を依頼する銀二
『銀と金』福本伸行・第1巻。

森田は無欲だから断ったのではない。
続く会話では、森田は億単位の金を欲しいと伝えている。
森田はこの世界で生きたいという望みと、殺人はできないという限界を、同じ場で銀二に伝えている。

殺人には応じられないと伝えながら、この世界で生きたいと願う森田
『銀と金』福本伸行・第1巻。

銀二の試験を、金を前にした人間の見極めとして捉えると、この拒否には意味がある。
金だけで動く人間なら、より多くの金を出す者になびくかもしれない。
だから、金を前にしても自分の判断を曲げない森田には、仲間として信じられるものがあった。
ただ、その性質は「銀二の望む仕事なら何でもする」という忠実さとは違う。
最初の試験に通った時点で、森田には銀二の要求を断る力もあったのである。

「悪党になる」と言っても、森田の判断は消えなかった

森田は裏社会の勝負に適応していく。
有賀との戦いの後には悪党になると宣言し、絵画をめぐる勝負では自分の工夫で大金を手にする。
森田は銀二に憧れるだけの若者から、銀二が期待を寄せる勝負師へ成長した。

有賀との戦いの後、悪党になると宣言する森田
『銀と金』福本伸行・第21話。

この成長を、森田が悪党の価値観をすべて身につけた過程と見ると、引退は唐突になる。
森田が学んだのは、相手の欲を読み、罠を仕掛け、大金を得る方法だった。
その力を誰のために使うかまで、銀二と同じになるとは限らない。

神威家の事件では、この違いが取り返しのつかない形で現れる。
森田の仕事は神威秀峰を守ることだったが、森田は秀峰に虐げられてきた兄弟にも心を寄せる。
森田は五男が秀峰を殺すのを止めようとするものの、五男は秀峰に撃たれて死んでしまう。
助けたかった人間が死に、依頼主の秀峰は生き残った。

秀峰が森田のおかげで助かったと礼を言うと、森田は秀峰を殴る。
依頼を果たしたことへの感謝が、森田には耐えられない。
仕事の成功として喜ばれる結果と、森田が望んだ結果が、ここでは正面から食い違っている。

銀二は「もっと上へ」と誘い、森田は仕事そのものを断った

引退を申し出た森田に対し、銀二は死にかけて怖くなったのだろうと考える。
森田本人が理由として挙げるのは、悪党のために働き、助けたい人間を助けられないことへの嫌悪だ。
森田は「悪党のお守り」が嫌になったと説明する。

銀二は、森田が助けたい人間を救うための道として、さらに大きな悪になることを勧める。
悪党に使われる立場から抜け出すには、悪党を動かせるほどの力を持て、という提案である。

森田に巨悪へ駆け上がるよう勧める銀二
『銀と金』福本伸行・第89話。

銀二は、力をつけてこれからも裏社会で働くよう、森田を引き止める。
だが、森田はその誘いに首を横に振る。
森田は、悪党の都合に合わせて働くうちに、自分の感覚まで壊されていくことを恐れている。
銀二が示す成功への道を進むこと自体が、森田には耐えられなくなっているのだ。

ここで序盤の試験とのつながりが見えてくる。
森田は最初、大金を示されても殺人の依頼を断った。
今度は実際に大金を稼ぐ力を得た後で、銀二が勧める生き方を断っている。
二つの場面では森田の実力も立場も違うが、金を得るために自分の判断を手放せない点は共通している。
銀二にとって頼もしかった性質が、二人を同じ道にとどめるうえでは壁になった。

銀二への憧れが残るから、この別れはつらい

森田は銀二の仕事を批判し、引退する。
その後、森田は田中沙織に、銀二には魅せられていたのだと語り、涙を流す。
仕事を拒んだ時にも、森田の中では銀二への思いが残っている。

森田の引退を聞き、言葉を失う銀二と反発する安田
『銀と金』福本伸行・神威編後。

森田には銀二への強い憧れと、銀二のそばで続ける仕事には耐えられない気持ちがある。
師への憧れだけでは、神威家で起きたことを納得できなかったのである。

森田の引退で崩れたのは、「勝負に強くなれば、そのまま銀二の後継者になれる」という見通しだ。
森田が金で簡単に動かない男だったことは、銀二にとって信頼の理由だった。
その森田が、納得できない仕事を続けるよう誘われても動かない。
銀二が大切にした相棒の性質を、銀二自身の誘いでも変えられなかったところに、この別れの苦さがある。

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