和月伸宏はどんな漫画家? 読み方・出身地と漫画家としての歩み

2016年の長岡市取材でイラスト資料にサインする和月伸宏 和月伸宏
和月伸宏。2016年、長岡市公式Webメディア「な!ナガオカ」の取材時。

和月伸宏さんの読み方は「わつき のぶひろ」です。
東京都で生まれ、新潟県長岡市の旧越路町で育ちました。
集英社の紹介では、1992年に漫画家としてデビューしています。
『るろうに剣心』の作者として知られていますが、その後も西部劇、現代のバトル漫画、怪奇ものを描いてきた漫画家です。

和月伸宏の出身地と、漫画を描き始めたきっかけ

集英社の作者紹介には、新潟県出身とあります。
2023年の本人と黒碕薫さんの対談に添えられたプロフィールでは、東京都生まれ、長岡市の旧越路町育ちと記されています。
長岡市の本人取材でも、旧越路町の出身と紹介されました。

漫画を描き始めたきっかけは、三つ年上の兄でした。
和月さんはジャンプSQ.の対談で、小学生の頃、大学ノートにコマを割って漫画を描いたと振り返っています。
友人に読んでもらえるのが嬉しく、周囲にいた絵の上手な友人にも刺激を受けました。
友人たちが描くのをやめた後も、和月さんは描き続けたそうです。

投稿作の受賞と、1992年のデビューは別の出来事

和月さんは中学三年生のとき、高校に入ったら漫画を投稿しようと決めました。
高校一年生で描いた作品が月例賞の佳作に入り、担当編集者がつきます。
この受賞が漫画家への入口となりましたが、集英社の作者紹介が記すデビュー年は1992年です。
和月さん自身は、読切『戦国の三日月』でデビューしたと話しています。

デビュー前には、次原隆二さん、岡野剛さん、高橋陽一さん、小畑健さんの仕事場でアシスタントを務めました。
最初の頃は一枚をよく仕上げようとして時間をかけすぎた、と和月さんは話しています。
仕事場で学んだのは、原稿をよく描くだけでなく、決められた時間に仕上げることでした。

初連載『るろうに剣心』と、その後の漫画

1994年に始まった『るろうに剣心』は、和月さんの最初の連載作品です。
明治を舞台に、人を斬らないと誓った剣客・緋村剣心を描き、1999年まで『週刊少年ジャンプ』で続きました。

和月伸宏『るろうに剣心』第1巻の表紙
集英社「和月伸宏先生の作品」に掲載された『るろうに剣心』第1巻の書影。

連載終了後、和月さんは剣心の続きを描くだけにとどまりませんでした。
『GUN BLAZE WEST』では西部劇に挑み、『武装錬金』では現代を舞台にした戦いを描きました。

和月伸宏『武装錬金』第1巻の表紙
集英社の作品紹介に掲載された『武装錬金』第1巻の書影。

さらに『エンバーミング』では、十九世紀末の欧州を舞台に、人造人間をめぐる物語を描いています。
作品ごとの内容は別の記事で詳しく紹介しています。

和月伸宏『エンバーミング』第1巻の表紙
集英社の作品紹介に掲載された『エンバーミング』第1巻の書影。

作品が変わっても、漫画の作り方を考え続ける

和月さんは、人物に何を望ませ、どんな状況で台詞を言わせるかを考えてから描くと制作の対談で説明しています。
また、読者が人物や台詞を追いやすいよう、コマの形やフキダシの位置も考えていると別の対談で語りました。

歴史や西部劇、錬金術と題材は変わっても、人物をどう動かし、読者へどう見せるかは、和月さんが具体的に考えてきた仕事です。
2017年には『るろうに剣心・北海道編』を始めました。

まとめ

和月さんを『るろうに剣心』一作だけで紹介すると、その後に別の題材を描いてきた歩みが見えなくなります。
兄の影響で描き始め、投稿とアシスタント経験を経て『るろうに剣心』を連載し、西部劇や怪奇ものも描いた後に剣心の物語へ戻りました。
『北海道編』は、別の作品を描き続けてきた和月さんが、再び手がけている『るろうに剣心』でもあります。

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