鬼頭莫宏さんの『ぼくらの』は、登場人物の名前を章題にし、一人ずつに焦点を移していく漫画です。
その子の家庭や友人との関係を描く話と、巨大ロボットの戦いの正体が分かっていく話が、並行して進みます。
さらに終盤では、残った仲間が亡くなった子どもたちの家族を訪ねます。
一人の人生を描き、その死後も残る人との関係へつなぐところに、この群像劇の特徴があります。
名前ごとの章で、一人ずつの暮らしを描く
『ぼくらの』は、自然学校に集まった少年少女が、ココペリにゲームへ誘われるところから始まります。
物語が進むと、同じ集団にいた子どもたちの暮らしや、家族との関わりが、一人ずつ描かれていきます。
章題には、「ココペリ」「加古功」などの人物名が使われています。
各章の名前からも、焦点を当てる人物が分かる構成です。
通常版第5巻の阿野万記、マキの章では、仲間の前とは別の家庭での暮らしが描かれます。
マキは母が産む弟との出会いを願い、両親と自分のつながりを考えます。
同じロボットの戦いに巻き込まれていても、その戦いで何を失うのかは、一人ずつ違います。
子どもの話が進む間にも、世界の謎が明かされる

個々の人物を描く章の間も、読者には戦いの仕組みが少しずつ明かされていきます。
操縦には命が必要だと分かり、やがて、戦っている相手も別の地球の人間だと判明します。
地球を守る戦いは、別の地球にいる人たちの命を奪う戦いでもありました。
このため、次の人物へ焦点が移ったとき、戦いについて知っていることも、最初の頃と同じではありません。
一人の子どもの事情を知るたびに、物語全体も先へ進んでいます。
それぞれの人生を読むことと、このゲームは何なのかを知ることが、同時に続くのです。
終盤で、亡くなった仲間の家族を訪ねる

完全版第5巻の紹介では、ウシロとマチが、戦いの前に仲間たちの家を訪ねる旅へ出ることが案内されています。
その家には、物語の途中で命を落とした子どもを思う人がいます。
訪問の場面では、仲間を失ったあとも暮らしを続ける家族に、話の焦点が移ります。
かつて子どもの側から読んだ人生を、今度はその子を失った人の側からたどることになります。
文化庁メディア芸術祭の贈賞理由も、戦う子どもの姿に加え、仲間の最期や願いを残された家族に伝えようとする心情を評価しています。
操縦者の生きた時間と、死後に残された人たちの暮らしが、一続きに描かれています。
まとめ
子どもたちが命を賭ける「地球」には、途中の章で顔や暮らしを知った人たちがいます。
終盤の訪問は、守ろうとしていた世界を、仲間の家族が生きる具体的な場所として見せる場面です。
一人ずつの物語を重ねた構成が、その場面に結びついています。




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