『AT Lady!』の「のむら剛」と、『地獄先生ぬ~べ~』の「岡野剛」は同じ漫画家です。
名前が変わった理由は、結婚によって姓が変わったためでした。
前身の『地獄先生ぬ~ぼ~』も、増刊に載った読切は「のむら剛」、本誌の読切からは「岡野剛」と、発表時期によって表記が異なります。
『AT Lady!』を描いていた頃は、のむら剛
岡野さんは、1987年の読切『暴発!ゆりこ先生』でデビューしました。
1988年には『AT Lady!』が赤塚賞に入選し、1989年に同作の連載が始まっています。
この頃に使っていた名前が、のむら剛でした。

集英社の『AT Lady!』の紹介にも、岡野剛の「のむら剛名義」の作品だと記されています。
科学犯罪へ立ち向かうロボット刑事たちの騒動を描いたギャグ漫画で、『ぬ~べ~』とは違い、岡野さんが話と絵の両方を担当しました。
現在の電子版は著者名を「岡野剛」で案内し、紹介文で当時の名義を添えています。
岡野剛への変更は、結婚による改姓
2025年の岡野さんのインタビューでは、結婚して姓が変わったことと、会社では旧姓を使っていたことが説明されています。
岡野さんは『ぬ~べ~』の連載初期、ソフト制作会社へ勤めながら漫画も描いていました。
漫画を描いていることは会社に秘密にしていたため、会社と漫画で名前が同じだと知られてしまう事情もあったそうです。

岡野さんは、月曜の朝には疲れ切るようになり、遅刻や欠勤も増えたと振り返っています。
岡野さんが社長に事情を打ち明けると、社長は漫画を描く社員がいてもいいと受け入れてくれました。
改姓の話には、会社と漫画の二つの仕事を続けていた頃の事情も重なっていたのです。
『ぬ~ぼ~』の読切にも、二つの名前がある
現在の『ぬ~べ~』につながる読切『地獄先生ぬ~ぼ~』は、1992年の増刊と、1993年の『週刊少年ジャンプ』本誌に掲載されました。
岡野さんへの取材によると、増刊では旧名義、本誌の読切から新しい名義になっています。

1993年の読切の扉では、原作の真倉翔さんと並んで、漫画に「岡野剛」の名前があります。
その後、同じ年に真倉さんとのコンビで『地獄先生ぬ~べ~』の連載が始まりました。
まとめ
古い雑誌の「のむら剛」をたどると、『ぬ~べ~』以前に一人でギャグ漫画を作っていた岡野さんへ行き着きます。
名前の変化を知ることは、ロボット刑事の漫画から、真倉さんと作る霊能力教師の漫画へと続く、岡野さんの仕事をつなげて読む手がかりにもなります。


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