樹林伸が作画担当に求めた描き分けとは? 顔と表情、ネームの工夫

インタビューに応じる樹林伸 樹林伸
早稲田大学の本人インタビュー掲載写真。撮影:加藤甫。

樹林伸さんが作画担当に求めたのは、人物ごとの顔の違いと、気持ちによる表情の変化を描く力でした。
事件を追うミステリーでは、大勢の登場人物を区別しながら、その人たちの反応も読者へ伝えなければなりません。

『金田一少年の事件簿』などの原作を手がけた樹林さんは、2021年の「MANGAオーディション」で、そのための練習方法やネーム作りについて、本人インタビューで話しています。
実際の課題は、樹林さんの文章を漫画の形にするものでした。
顔の描き分けからコマ割りまでを続けて読むと、原作者が作画担当にどんな仕事を期待していたかが見えてきます。

インタビューに応じる樹林伸
インタビューに応じる樹林伸。早稲田大学の本人取材より。撮影:加藤甫。 出典

若い主人公だけでなく、年配の警官も描く

オーディションの第2次審査には、『ギフテッド(仮)』というプロットが用意されました。
ある能力を持つ高校生の九鬼夕也と、若い刑事の天草久遠が登場するミステリーです。
公開された人物設定では、夕也が17歳、久遠が19歳、久遠の上司である竜崎美都が28歳となっています。

2021年のギフテッド(仮)審査用プロットに書かれた九鬼夕也、天草久遠、竜崎美都の人物設定
樹林伸『ギフテッド(仮)』人物設定。2021年の審査用公開プロット。外周の白い余白のみ除去。©樹林伸/講談社。 出典

ただし、描くのはその三人だけではありません。
冒頭の事件現場には人だかりがあり、久遠を制止する年配の警官も登場します。
見開きの扉絵の課題でも、夕也、久遠、美都に加え、その警官を入れるよう指定されていました。
若い主人公たちを魅力的に描く力と、周囲の大人を描く力の両方が必要な課題だったのです。

樹林さんは、ミステリーでは登場人物が多いため、老若男女の描き分けを意識してほしいと話しました。

髪型に加えて、眉や目の配置を研究する

人物を描き分けるときには、髪型や顔の輪郭を変える方法があります。
樹林さんは、さらに顔のパーツと、その配置へ目を向けるよう勧めています。
鋭い眉や垂れた目など、顔の中の違いを研究するという助言です。

練習のモデルとして樹林さんが挙げたのは、かっこいいと感じるタレントでした。
その人の顔と自分の顔を並べ、パーツにどんな違いがあるのかを調べる。
自分が魅力を感じる部分を絵に取り入れる。
樹林さんは、その研究を重ねることで、描ける人物の幅が増えると説明しています。

樹林さんは、可愛らしい絵柄で応募した人たちが、ミステリーを描くときにどう変化するかを楽しみにしていました。

同じ顔で、違う気持ちを演じる

人物の区別ができれば、描き分けの仕事が終わるわけではありません。
樹林さんは、漫画家を芝居の「役者」にたとえ、人物を演じ分ける力を求めました。
容疑者や犯人の表情の変化は、ミステリーの物語を左右するほど重要だという説明です。

表情を増やす練習では、樹林さんは鏡を見るよう勧めています。
驚く、嘘をつく、笑う。
そのとき顔のパーツや角度がどう動くかを、自分の顔で調べて描くのです。
タレントの顔との比較が人物の種類を増やす練習なら、鏡を使う練習は気持ちの変化を描くためのものです。

公開プロットの冒頭にも、顔の違いだけでは足りない場面があります。
年配の警官は、大学生のように見える久遠を現場から遠ざけようとします。
久遠が警察手帳を見せて名乗ると、警官は驚き、敬礼して通します。
同じ警官の態度が変わるやり取りまで、文章には書かれているのです。

久遠が警察手帳を見せ、警官が驚いて敬礼するやり取りを書いた審査用プロット本文2頁
樹林伸『ギフテッド(仮)』本文2頁。久遠と年配の警官の会話。2021年の審査用公開プロット、外周の白い余白のみ除去。©樹林伸/講談社。タップすると原寸で読めます。 出典

長い会話を、読者が追えるコマへ

ネームとは、コマを割り、台詞や簡単な絵を入れた下描きです。
課題では、公開プロットの指定された範囲を、約15ページのネームにすることが求められました。
原稿にある台詞をすべて残す必要はありません。
一方で、台詞の言い回しや語尾は原則として生かし、省略や変更をする場合も意味を変えない、という条件がありました。

樹林さんは、プロットから読み取った情報を選び、どこを強調するかを考えてほしいと話しています。
とりわけ冒頭では、主人公の印象を読者へ与えることを重視しました。
漫画では読者がまず人物を見る、という本人の考えがあるからです。

人だかりと年配の警官、天草久遠の登場を書いたギフテッド(仮)の審査用プロット本文1頁
樹林伸『ギフテッド(仮)』本文1頁。2021年の審査用公開プロット。外周の白い余白のみ除去。©樹林伸/講談社。タップすると原寸で読めます。 出典

コマ割りの参考として樹林さんが挙げたのは、さとうふみやさんの『金田一少年の事件簿』でした。
樹林さんは、さとうさんのコマ割りの分かりやすさを高く評価しています。
コマを大きくする箇所や、場面転換のコマを入れるかどうかに、説明できる理由があるというのです。

天樹征丸原作、さとうふみや漫画の金田一少年の事件簿R第1巻の書影
『金田一少年の事件簿R』第1巻。天樹征丸原作、さとうふみや漫画。©天樹征丸・さとうふみや/講談社。 出典

顔、表情、コマ割りは、別々の技術でありながら、一つの原作を読者へ届ける仕事としてつながっています。
誰がいるのかを描き分け、人物の反応を演じ、どの場面を大きく見せるかを決める。
樹林さんの漫画原作と小説の書き方の違いでも、文章を漫画にしたときの読まれ方を考えることが重視されています。

まとめ

原作には、警官が驚いて敬礼することまで書かれていました。
作画担当は、その驚きを顔に表し、会話と動きをコマの中に描きます。
樹林さんが漫画家を役者にたとえた意味は、こうした仕事を考えると分かりやすくなります。
原作で用意された人物の言動を、読者の目に見える芝居として演じる。
顔や表情を研究する助言は、その芝居を豊かにするためのものだったのです。

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