『GTO』の作者は藤沢とおるです。
樹林伸は、その藤沢さんを見いだし、担当編集者として作品作りに関わった人です。
『GetBackers』の原作を青樹佑夜名義で書いた仕事とは、関わり方が違います。
樹林さんと藤沢さんの出会いは、『GTO』の連載より前でした。
一枚のイラストを見て紹介を頼んだことから、二人の仕事が始まっています。

同人誌の一枚から、描き手を紹介してもらう
樹林さんは講談社の『週刊少年マガジン』編集者として、新人の描き手を探していました。
早稲田大学の本人インタビューでは、藤沢さんとの出会いも振り返っています。
別の人が作った同人誌に、藤沢さんのイラストが一枚載っていた。
その絵をうまくてかっこいいと思った樹林さんは、藤沢さんを紹介してほしいと頼みました。
藤沢さんは当時、別の雑誌でも漫画を描いていました。
樹林さんはその原稿も見て、安達哲の連載『キラキラ!』でアシスタントをしてほしいと依頼します。
樹林さんは安達さんとの打ち合わせを済ませると、藤沢さんとも作品の構想を練っていました。
その相談から『艶姿純情BOY』が生まれ、『湘南純愛組!』、さらに『GTO』へとつながったと説明しています。
樹林さんが漫画家を見るときに重視していたのは、人物の表情でした。
単に絵がうまいかに加えて、そこに人がいると感じられるかを見ていたといいます。
気になる絵の描き手を紹介してもらい、原稿を見て、次に描く作品を一緒に考える。
藤沢さんとの出会いには、そんな編集者の動きが表れています。
『湘南純愛組!』では、提案を受けた藤沢が湘南を取材した
藤沢さん自身も、2016年の『FLASH』の取材で、担当編集者との作品作りを話しています。
『湘南純愛組!』では、次にヤンキーものを描かないかと提案されました。
藤沢さんは当初、高校時代を過ごした北海道を舞台にするつもりでしたが、担当編集から湘南を勧められます。
そこで藤沢さんは実際に湘南へ行き、服装や言葉遣いを取材しました。
編集者が題材や舞台を提案し、漫画家がその場所へ足を運んで、描くための材料を集める。
『GTO』は、鬼爆コンビの案から鬼塚中心の話へ
藤沢さんは同じ取材で、『GTO』の題名も担当編集者が付けたと話しています。
最初は気に入らなかったものの、口にするうちになじんできたそうです。

当初、藤沢さんは、前作の鬼塚英吉と弾間龍二の二人を主人公にするよう依頼されていました。
藤沢さんは、上京した二人がアルバイトの面接に落ち続ける話なども考えます。
その後、鬼塚を中心に話を進めるとしっくりきた、と振り返っています。
教師を描くための取材も行い、教育問題はニュースから題材を得ていたそうです。
担当編集者の提案を受けながら、主人公の選択や取材を進める藤沢さんの姿も、本人の説明から分かります。
この取材では、個々の提案をした担当編集者の名前は明記されていません。
原作者として名前が載る『GetBackers』との違い
講談社の『GTO』第1巻の書誌は、著者を藤沢とおるとしています。
樹林さんの公式プロフィールでも、『GTO』は編集を担当した作品として紹介されています。

一方、『GetBackers』第1巻には、原作の青樹佑夜と漫画の綾峰欄人が記されています。
青樹佑夜は樹林伸のペンネームで、この作品では原作者として参加しています。
樹林さんは、編集者として働きながら漫画原作も書き、後に独立した人です。
『GTO』では藤沢さんの担当編集者、『GetBackers』では綾峰さんと組んだ原作者。
それぞれの作品で、違う立場から漫画作りに参加しています。
まとめ
『GTO』で樹林さんが担ったのは、藤沢さんの担当編集者という仕事です。
樹林さんは編集の楽しさとして、漫画家が成長し、世の中に認められる過程を間近で見られることを挙げています。
一枚の絵を評価するだけでなく、その人が次に何を描くかを一緒に考える。
藤沢さんが『艶姿純情BOY』から『GTO』へ進む経緯は、樹林さんの言う編集の楽しさを具体的に伝えています。




コメント