クリア麻雀では、味方から和了牌を出してもらっても役を達成できる。
それなのに、三暗刻は勝負の難所になる。
この役では、味方が牌を持っていても、三つの暗刻をポンで作るわけにはいかないからだ。
ただし、三暗刻をロンできないわけではない。
天がひろゆきの五索で和了る場面には、その違いが表れている。
味方に牌を出してもらっても、暗刻は作れない
三暗刻は、同じ牌を三枚ずつ、鳴かずにそろえた組を三つ作る役だ。
この組が暗刻である。
二枚持っている牌を味方に出してもらい、ポンで三枚にすれば、明刻になる。
形は同じ三枚組でも、その組を三暗刻の暗刻として数えることはできない。
三色同順や一気通貫なら、必要な並びをチーで作る道がある。
三暗刻は、肝心の三組を自分の配牌とツモでそろえなければならない。
同じチームの打ち手が必要な牌を持っているだけでは、その三組を完成させられないのだ。
味方同士で助け合えるクリア麻雀でも、この手作りの制約は残る。
三つの暗刻ができていれば、最後の一枚は差し込める
暗刻を三つそろえることと、手全体を鳴かずに作ることは違う。
三つの暗刻を崩さなければ、残る一組を鳴いても三暗刻は成立する。
天がひろゆきから和了った手にも、すでに三つの暗刻がそろっている。

天の待ちは、頭となる二枚組を完成させる五索だ。
三つの暗刻はすでにできているので、ひろゆきから五索をもらっても暗刻の数は減らない。
ひろゆきの差し込みが、三暗刻の達成につながる。

一方、暗刻が二つしかなく、最後の三枚組をツモで完成させる形なら話は違う。
その牌をロンすると、最後の組は暗刻として数えられず、三暗刻にならない。
味方が和了牌を出せるかだけでなく、ロンしても三つの暗刻が残る形かどうかが重要なのだ。
天の三暗刻は、味方の差し込みでは補えない三組をそろえ、最後の五索だけをひろゆきに託せるところまで進んだ手だった。
三暗刻が難所になる理由と、天が味方から和了れる理由は矛盾しない。
天のこの手でひろゆきが助けたのは、三つの暗刻を作る部分ではなく、その先の仕上げだったのである。


コメント