天は、人に惜しみなく物を分ける。
ところが第3話では、その気前のよさにひろゆきが怒り、天に背を向けてしまう。
天が分ける物には、ひろゆきの持ち物まで含まれているからだ。
ひろゆきのジャンパーも、麻雀で稼いだ金も、天にかかると誰かへの贈り物になる。
天は自分のために取り上げているわけではない。
それでも、ひろゆきにとっては自分で使うはずの物が、断りなくなくなる。
この話では、天が人に親切であることと、ひろゆきが天に怒ることが、どちらも分かるように描かれている。
天は、自分の物も他人の物も分けてしまう
引っ越してきたひろゆきを、天たちは気前よく迎える。
手伝ってくれる人がいて、食べ物や寝具も分けてもらえる。
最初のひろゆきは、その親切をありがたく受け取っている。
やがてひろゆきのジャンパーがなくなる。
天に聞くと、近所の人にあげたという。
その人が喜んだことを、天は悪びれずに話す。
ひろゆきがありがたく受け取った親切は、ひろゆきの持ち物を他の人に渡すことにまで及ぶ。

ひろゆきは、天に悪意がないことにも驚いている。
天は「人のも自分のも」分かち合ってしまう。
他人の物だけを取り上げ、自分の物は守るという人ではない。
その気前のよさが、持ち主に聞くという手順まで飛ばしてしまう。
天がひろゆきの服を着ている場面でも、ひろゆきに言われると天は返すと答える。
ひろゆきが出ていこうとすると、天は引き止める。
隣に住むひろゆきからいろいろもらったので、これからはいろいろあげたいと話す。
しかし、ひろゆきが自分の物だと訴えるまで、天はその服を着ている。

ひろゆきには、勉強をして、学費や入学金を貯めるという予定がある。
今ある物や金を残しておきたいのには、本人なりの理由がある。
天たちと同じように分け合わないからといって、ひろゆきが単にけちな人になるわけではない。
ひろゆきは、天の助言には頼っている
私物がなくなったひろゆきは、麻雀でまた金を稼ごうとする。
その勝負を見つけた天は、ひろゆきに、勝った金をそのまま受け取れると思っているのかと聞く。
対戦しているのはヤクザであり、麻雀で勝っても、暴力で金を取り返されたら終わりだという忠告である。

天は、手持ちの金を預かれば、その場では取られずに済むと提案する。
ひろゆきは、こういう段取りは天に任せた方がよいと考え、提案を受け入れる。
私物を勝手に配った天に怒っていても、危ない相手から金を守る話では、天の判断を頼りにしている。
だが、天に預けた金は、ひろゆきへ戻らない。
天はその金で花火を用意し、近所の人たちが集まる大きな騒ぎを始めている。
ひろゆきは金を守ってもらうために預けたのに、天はみんなで楽しむために使ってしまった。
最初のジャンパーと同じく、物を持つ本人が何に使いたいかは後回しになっている。

花火がきれいでも、怒りは消えない
打ち上がった花火は、ひろゆきも見入るほど美しい。
天の周りの人たちは喜び、ひろゆきも驚いた顔で空を見上げる。
天が人に分けた楽しみは、この賑やかな光景から分かる。
ひろゆき一人の金を、その場に集まった人たちが楽しめる花火に変えたのだ。

その直後、ひろゆきは崩れ落ち、金がなくなったことを嘆く。
天たちは、ひろゆきが感動していると思っている。
花火のきれいさに驚いたことまで、金を使われて喜んだことにはならない。
最後まで、ひろゆきの怒りと天たちの喜びは食い違ったままである。

天の気前のよさは、人を喜ばせる。
その一方で、天は喜ばせるために使う物を、持ち主自身がどうしたいかまで確かめていない。
ひろゆきは、天の親切を受け取り、助言にも頼るが、そのために自分の持ち物の使い道まで任せたわけではない。
天のそばは温かくても、安心して物を置いておける場所とは限らない。
第3話は、その困りものの親切を、怒るひろゆきと笑う天たちの両方から見せている。


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