誠京麻雀では、いい手ができても、お金が足りなければ和了できない。
蔵前は相手より先に手を完成させるだけでなく、相手が和了を目指して打つ権利まで、金で奪っていく。
その仕組みを作るのが、場代、降り、二度ヅモ、役満祝儀という特別なルールだ。
とりわけ「降りる」は、普通の麻雀で危険な牌を捨てずに守ることとは違う。
誠京麻雀では、支払いを止める代わりに、捨てる牌を選ぶ自由まで失う。
場代を上げれば、相手の手を止められる
誠京麻雀では、各プレイヤーが自分の番に場代を払い、その局への参加を続ける。
場代は一局ごとに百万円から始まり、親は自分の番が来るたびに二倍へ上げられる。
百万円、二百万円、四百万円という増え方を続けると、森田と蔵前の勝負では、第十四巡に八十一億九千二百万円へ達する。

これは、その金額を一度払えば最後まで打てるという料金ではない。
次に自分の番が来れば、また場代が必要になる。
しかも、払った金は供託され、半荘を終えた時点でトップのプレイヤーがまとめて受け取る。
途中の一局で和了しても、それだけで供託金を回収できるわけではない。

森田たちは五百億円を借りて蔵前に挑むが、その大金も、数十億円を一巡ごとに払い続ければ削られる。
ここで効くのは、名目上どれだけ資産があるかより、目の前の場代を払い続けられる資金だ。
手があと一枚で完成するとしても、その一枚を待つために金を出さなければならない。
蔵前は資金の差を、相手が和了を目指せる時間の差へ変えている。
「降りる」と、和了も捨て牌の選択も失う
場代を払わなければ、その局を降りたことになる。
降りたプレイヤーは和了できず、以後は引いた牌をそのまま捨てるツモ切りを続ける。
ポンやチーで手を進めることもできない。

普通の麻雀なら、和了を諦めて安全な牌を捨てるという守り方がある。
誠京麻雀で場代を払わずに降りると、その安全な牌を選べなくなる。
引いてしまった危険牌も、そのまま捨てなければならない。
支払いは止められても、相手に振り込む危険まで消えるわけではないのだ。
相手が降りれば、その相手は和了できなくなる。
相手の捨て牌は続くため、蔵前がロンする機会は残る。
場代の値上げが脅威になるのは、財布が軽くなることに加え、降りた後にも不利が続くからだ。
二度ヅモは、手を進めるだけでなく危険牌も回せる
二度ヅモでは、その時点の場代の三倍を払って、引いた牌を山の次の牌へ取り替えられる。
必要な牌を引く機会を増やせるので、資金のある蔵前は手を進めやすい。
ただし、引き直した牌が必ず役に立つわけではない。
さらに、蔵前が取り替えて脇へ置いた牌は、次にツモるプレイヤーが引かなければならない。
その牌を二度ヅモで取り替えることはできない。
蔵前は欲しい牌を探しながら、受け取りたくない牌を他家へ回すこともできる。

森田が蔵前に振り込む場面では、石井のチーによってツモの順番が変わる。
その結果、蔵前が見送った牌は森田へ回り、森田はその牌を捨ててロンされる。
森田が気づいたのは、蔵前が引き直しで得をしたことだけではない。
蔵前は石井に鳴かせ、森田に自分の和了牌を引かせていた。
二度ヅモは、余分に払った金で自分の手を進めると同時に、相手へ牌を送り込む手段にもなる。
役満祝儀は、蔵前が上げた場代に連動する
供託金を受け取れるのは半荘のトップだが、役満には別の支払いがある。
相手陣営からロンするか、自分でツモって役満を和了すると、相手側がその場で役満祝儀を払う。
銀二と森田の間で牌を差し込むだけでは、この祝儀は発生しない。
祝儀の倍率は、場代一千万円を一倍として決まる。
その倍率を、それまでの供託金に掛けるため、蔵前が場代を上げるほど、役満一回の支払いも膨らむ。
森田たちとの勝負では、巽が一兆四千六百九十四億四千万円という祝儀を計算する場面もある。

蔵前は場代を上げて、森田たちを降ろそうとする。
しかし、森田たちが降りずに役満を和了すれば、今度は蔵前が莫大な祝儀を支払うことになる。
場代の値上げは、蔵前の有利を大きくすると同時に、蔵前が負う支払いも大きくしていく。
金が多ければ有利でも、必ず勝てるわけではない
森田と銀二は、大三元を作る牌だけでなく、その手を狙い続けるための金も必要とする。
蔵前の値上げに耐えた先で役満を狙うことは、蔵前自身が膨らませた支払いを、蔵前へ突きつけることでもある。
資金の多い蔵前が、いつも安心して打てるとは限らない。
相手を降ろすために上げた場代が、相手を降ろせなかった時には、自分へ返ってくる。
金で有利を作るルールの中に、蔵前を追い詰める道も残されているのだ。


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