和月伸宏さんは漫画家になる前、次原隆二さん、岡野剛さん、高橋陽一さん、小畑健さんの仕事場でアシスタントを務めました。
和月さん自身が「師匠」と呼ぶ小畑さんのもとへ行くまでにも、複数の現場で働いています。
最初の仕事場では、原稿をよく仕上げることと、決められた時間に仕事を終えることの両立に苦労したそうです。
漫画の投稿を始め、小畑健をライバル視した
和月さんは子どものころ、兄の影響で大学ノートにコマを割り、漫画を描き始めました。
友人に読んでもらうことがうれしく、中学3年のときには、高校生になったら作品を投稿しようと決めたと集英社の対談で振り返っています。
高校1年で投稿した作品が月例賞の佳作に入り、編集担当者がつきました。
同じ新潟県出身の小畑健さんが、自分より少し前に16歳で手塚賞準入選となったことも、和月さんは覚えていました。
当時の和月さんは、小畑さんを一方的にライバル視していたそうです。
後にその小畑さんを「師匠」と呼び、仕事場で働くことになります。
最初の次原隆二の仕事場で、時間の使い方を学んだ
和月さんが最初にアシスタントを務めたのは、『よろしくメカドック』を描いた次原隆二さんの仕事場でした。
その頃、小畑さんは連載が決まり、和月さんと次原さんの仕事場で入れ違いになったといいます。
和月さんは、渡された原稿をできるだけよく仕上げたいと思うあまり、時間をかけ過ぎ、次原さんに迷惑をかけたと振り返っています。
分からないことを抱えて手を止めるより、次原さんに聞けばよかったとも話しました。

和月さんがこの経験から学んだのは、原稿の出来だけでなく、仕事を決められた時間内に終えることの大切さです。
次原さんの後、岡野剛さんや高橋陽一さんの仕事場でも働いたと和月さんは述べています。
高橋さんは、中学時代の和月さんが読んでいた『キャプテン翼』の作者でもあります。

小畑健に自ら頼み、仕事場で読切デビューした
小畑さんが『魔神冒険譚ランプ・ランプ』の連載を始めると知った和月さんは、自らアシスタントを申し込みました。
和月さんによれば、後から編集部の紹介を受ける予定もあったそうですが、その前に自分で動いたのです。
高校時代にライバル視していた相手の仕事場に、今度はスタッフとして入ることになりました。
小畑さんの現場では、小畑さんの才能に驚かされ、先輩のひのき一志さんも自分より一歩先を行くライバルのように感じたと語っています。
そのころ、和月さんは読切『戦国の三日月』でデビューしました。
集英社の作者紹介が記すデビュー年は1992年です。
まとめ
和月さんは小畑さんを「師匠」と呼びますが、その前にも三人の漫画家の仕事場で働いていました。
最初の次原さんの仕事場では、いい原稿に仕上げることだけを考えて時間をかけ過ぎ、分からないことを聞いて時間内に終える大切さに気づきました。
高校時代には遠くからライバル視していた小畑さんにも、自分からアシスタントを申し込みます。
和月さんにとって修業は、一人の師匠から技を教わる時間だけではなく、複数の仕事場で漫画家の仕事を身につけ、自分の作品を発表するまでの時間だったのです。

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