楳図かずおの代表作と歩み|ホラー・SF・ギャグを行き来した作品歴

赤白の縞シャツを着て両手を伸ばす楳図かずお 楳図かずお
楳図かずおさん/横関一浩撮影。2009年の取材記事に掲載された写真。

『漂流教室』の恐怖、『まことちゃん』の笑い、『わたしは真悟』のロボットと少年少女。
楳図かずおさんの作品を年代順にたどると、この三つは別々の時期に切り替わっただけではないと分かります。
デビュー作にはSFがあり、少年誌で活躍しながら少女誌の仕事も続けていました。

赤白の縞シャツを着て両手を伸ばす楳図かずお
楳図かずおさん/横関一浩撮影。2009年の取材記事に掲載された写真。 出典

デビュー作には、すでにSFがあった

楳図さんは1936年に和歌山県高野山で生まれ、奈良県で育ちました。
1955年、『森の兄妹』と『別世界』が出版され、プロとして歩み始めます。
その後は、貸本向けの漫画を数多く描きました。

古代の人々と石造建築を描いた別世界の表紙
『別世界』の書影/楳図かずお。画像:一般財団法人UMEZZ。 出典

『別世界』の出版社の紹介では、古代の異民族の争いと天変地異を通して、人類の危機と再生を描く作品とされています。
後年の代表作でSFに出会った読者にも、デビュー時から続く仕事があるのです。

少女誌での恐怖漫画は、少年誌へ進んだ後も続いた

1965年には『少女フレンド』で『ねこ目の少女』や、『へび女』に連なる作品を発表しています。
同じ年には『少年マガジン』で『半魚人』も描き、少女誌と少年誌の二つの週刊誌で仕事をしていました。

青い背景に二人の少女と蛇の影を描いたへび女の表紙
『へび女』の書影/楳図かずお。画像:一般財団法人UMEZZ。 出典

『おろち』が『少年サンデー』で始まったのは1969年です。
その後も少女誌の仕事は続き、1974年からは『少女コミック』で『洗礼』を連載しています。
少年向けか少女向けか、一方だけを選んで他方を終えた経歴ではありません。

『アゲイン』から『漂流教室』、そして『まことちゃん』へ

1970年に始まった『アゲイン』では、老人の元太郎が薬で若返ります。
楳図さんは2009年のインタビューで、それ以前にも少女誌でラブコメを描いており、ギャグには自信があったと振り返っています。
元太郎の孫として登場したのが、後の主人公となる「まこと」でした。

『漂流教室』の連載は1972年に始まります。
楳図さんが描きたかったのは、厳しい環境で懸命に生きる子どもたちの社会でした。
この連載中にも「まこと」の読み切りを発表し、1976年には『まことちゃん』の連載が始まっています。
未来で生き延びようとする子どもと、周囲を振り回す幼稚園児。
子どもを描く仕事の中に、SFとギャグの両方がありました。

青年誌では、ロボットや人類の未来を描く

『イアラ』は1970年に『ビッグコミック』で発表されており、青年誌での仕事も早くからありました。
1982年には『ビッグコミックスピリッツ』で『わたしは真悟』が始まります。
第1巻の紹介では、少年さとると少女まりんの心から、産業用ロボットに意識が生まれる物語が案内されています。

同誌では、1986年から『神の左手悪魔の右手』、1990年から『14歳』も連載しました。
『14歳』に登場するチキン・ジョージは、培養された鶏肉の細胞から生まれた存在です。
ロボットやバイオ技術などを題材にしたSFと、生々しい恐怖の表現が、青年誌でも作品になっています。

漫画の外でも、新しい形を探した

楳図さんは1975年に『闇のアルバム』を発表し、音楽にも取り組んでいました。
2014年には映画『マザー』を監督しています。
その公開前の本人インタビューでは、漫画と映像に共通するリズムの大切さや、新しいものを作ることへの思いを語っています。

小さな二人の姿と渦巻く風景を描いたZOKU-SHINGOの書影
『ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』の書影/楳図かずお。画像:一般財団法人UMEZZ。 出典

2022年には、『わたしは真悟』につながる『ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』を発表しました。
一般財団法人UMEZZの作品紹介でも案内されている、101点からなる連作絵画です。
101点の絵で物語をつなぐ、漫画の連載とは異なる発表でした。

まとめ

『まことちゃん』を知っているなら、主人公のまことが先に登場した『アゲイン』へ。
『わたしは真悟』のSFに惹かれたなら、デビュー作『別世界』へ。
代表作を経歴の中に置くと、好きな一作から次の作品を探す道も増えてきます。

コメント

アクセス解析について
タイトルとURLをコピーしました