『座敷女』と『ドラゴンヘッド』の怖さはどう違う?望月峯太郎のホラーを読み比べる

眠る青年と戸口の女が描かれた座敷女の書影 望月ミネタロウ
『座敷女』/望月峯太郎、講談社。

『座敷女』では、見知らぬ女が、主人公のいつもの部屋へ近づいてきます。
『ドラゴンヘッド』では、新幹線の事故によって、普段どおりの生活へ戻れるかどうかさえ分からなくなります。
望月峯太郎さん、現在の望月ミネタロウさんが描いた二つのホラーは、主人公が恐怖に出会う過程が違います。
両作の冒頭を比べると、同じ作者が、身近な部屋と、見知らぬ状況に変わった車内から、それぞれの怖さを作っていることが分かります。

『座敷女』――いつもの部屋へ女が近づく

『座敷女』の冒頭では、大学生の森ひろしが、夜中に隣の部屋を訪ねてきた女を見かけます。
ひろしは自分のドアを開けて様子をうかがい、長い髪の女と顔を合わせます。
女は隣人のことを尋ね、ひろしは部屋へ戻ります。

次の夜、女はひろしの部屋の呼び鈴を鳴らします。
女は電話を貸してほしいと頼み、ひろしの玄関に入ってきます。
最初は隣のドアの前にいた女が、ひろしのドアの前へ、そして玄関の内側へ移ってきたのです。

ひろしの部屋には、布団もテレビも電話もあります。
大学で友達と話し、気になる相手に会う日常も続いています。
その暮らしのすぐそばで、女が何度もドアを叩く。
誰かが家を訪ねるという身近な出来事が、繰り返しと距離の近さによって、落ち着いて暮らせない状況に変わっていきます。

『ドラゴンヘッド』――目覚めたときには日常が壊れている

『ドラゴンヘッド』のテルは、修学旅行帰りの新幹線で事故に遭います。
第1巻の冒頭で目を開いたとき、車内は暗く、周囲は壊れています。
『座敷女』のひろしのように、いつもの暮らしを続けながら異変に出会う始まり方ではありません。
テルが置かれた場所は、目覚めたときにはすでに、普段の感覚では判断できない状況になっています。

暗いトンネルで大きな瓦礫を前に立つドラゴンヘッドの人物
『ドラゴンヘッド』第1巻の一場面/望月峯太郎、講談社。 出典

望月さんは2025年の本人取材で、『ドラゴンヘッド』では人物の視点を守り、外の世界の事情を読者へ先に説明しなかったと話しています。
読者へ知らせる情報を絞った描き方が、テルたちと一緒に状況を確かめていく読み味につながっています。

姿が見えても、怖さの正体をつかめるとは限らない

女の素性が分からないまま生活へ入り込まれることと、事故後の外の状況が分からないこと。
二作とも分からなさが続きますが、脅かされる日常の状態は異なります。

眼鏡をかけ傘を持つ望月ミネタロウの写真
望月ミネタロウ/本人取材掲載写真。 出典

望月さんは、2016年の本人インタビューで、『ドラゴンヘッド』では人物の内面にある恐怖を中心に描きたかったと話しています。
大きな異変を舞台にしても、作者が前に出したかったのは、その場所にいる人物が感じる恐怖でした。
『座敷女』と読み比べると、出来事の大きさが違っても、主人公が分からない相手や状況に直面する怖さへ目を向けられます。

まとめ

『座敷女』では、帰れるはずの部屋や身近な場所に恐怖が入り込みます。
『ドラゴンヘッド』では、戻りたい日常そのものが失われたかもしれません。
二作を並べると、望月さんが、いつもの生活との距離を変えて恐怖を描いていることが分かります。

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