恐ろしい顔をした高校生が、善良さゆえに騒動を起こす『エンジェル伝説』。
人を食う妖魔と、半人半妖の戦士たちが戦う『CLAYMORE』。
八木教広は学園ギャグの連載を2000年に終え、翌年にはダークファンタジーへ踏み出しました。
この転換は、八木が意識して選んだものでした。
『エンジェル伝説』で抑えていたダークな要素を、次の作品で出したかったのです。
本人の回顧を読むと、そこには主人公の北野誠一郎を長く描いてきたことも関わっていました。
北野の善良さを守るうちに、自分まで縛っていた
『エンジェル伝説』の北野は、顔を見ただけで不良に恐れられるほどの外見をしています。
その心は優しく、本人の善意と周囲の誤解のずれが笑いを生みます。
八木は、この和める雰囲気を意識して描いていたと、『ジャンプSQ.』の賀来ゆうじとの対談で説明しています。

ところが北野を長く描き続けるうちに、主人公の善良さを壊したくないという思いが、作者自身にも向いていきました。
八木は『エンジェル伝説』誕生を振り返る本人インタビューで、自分まで悪いことをしてはいけないと思い込んでいたと語っています。
主人公を大切にする気持ちが、描ける内容だけでなく、自分の行動にも制約を作っていたのです。
連載の終盤には、北野をつらい状況へ置く新しい話が浮かんだものの、八木はそれを描こうとした自分に嫌悪を覚えました。
そのまま続けることに無理を感じ、連載を終える判断につながったと振り返っています。
八木は次の作品で、自分で作った制約から離れたいと考えました。
そこで八木が選んだのが、前作と真逆の方向でした。
『CLAYMORE』で出したかった、前作に収まらないもの
『CLAYMORE』のダークな雰囲気は、八木が前作の執筆中にためていたものを出すための選択でした。
『ジャンプSQ.』の対談で、八木は前作で描けなかった要素を次々に出し、自分を出し切って読者に見せる感覚だったと語っています。
ファンタジーへの関心も、連載の転換時に初めて生まれたものではありません。
八木はデビュー前にも本格的なファンタジーを賞へ投稿し、北野を描いていた頃から、ファンタジーやストーリー漫画を描きたいと思っていました。
ギャグの連載を終えたことで、以前から望んでいた作品に取り組む機会が来たのです。
話の作り方にも変化がありました。
『エンジェル伝説』では、コマ割りや台詞を組むネームに時間をかけても、面白くないと感じ、全部捨ててしまうことがありました。
『CLAYMORE』では、引っかかる箇所があっても残せる部分があり、直すときの選択肢が増えたといいます。
八木にとって、長く続く物語の中で使える部分を生かしながら組み直せることは、ネームの負担を軽くする変化でした。
ギャグで身につけた「伝わる画面」は残った
ジャンルを変えたあとも、八木にはギャグ漫画出身という意識がありました。
画面作りについての本人の説明では、台詞や内容が伝わりやすく、ごちゃごちゃしない構図を第一に挙げています。
会話の場面で人物の配置をむやみに崩さず、読者が迷わず読める画面を大切にしていました。
トーンの使い方にも、前作を振り返った工夫があります。
八木は『エンジェル伝説』では貼りすぎたと感じ、『CLAYMORE』では抑えて使おうとしました。
トーンは画面を飾るためだけでなく、背景の混雑を整理して、絵を分かりやすくするために使っていたのです。
下描きをコピーして手元に残し、ペン入れした絵と見比べる方法も、『エンジェル伝説』で始めたものでした。
北野をもっと迫力のある顔に描きたいと思い、鉛筆で描いた勢いを完成原稿にも残そうとしたのがきっかけです。
前作で苦心した絵の描き方は、ダークファンタジーの作画にも続いていました。
もう一つ八木がギャグの経験と結びつけているのが、始めた話には結末をつけたいという感覚です。
『CLAYMORE』でも、それぞれのエピソードを始めたら、まとめて終わりをつけようと考えていました。
世界や人物を読者へ伝えることと、始めた物語を締めくくること。
作品の雰囲気を変えても、この二つは八木の中に残っていたのです。

まとめ
八木は北野を描いていた頃、なぜ自分はファンタジーではなくこの主人公を描いているのかと思うこともありました。
それでも、後年の回顧では、北野がいなければ何もできなかっただろうと語っています。
八木は『CLAYMORE』で、北野を守るために自分へ課した制約から離れることを望みました。
一方で、北野を描く中で磨いた画面の分かりやすさや、話に結末をつける意識は、次の作品にも生きていました。
学園ギャグからダークファンタジーへという大きな転換には、前作から離れたい気持ちと、前作があったからこそ描けるようになったものの両方があったのです。




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