『天』赤木の「信じると捨てるは同じ」とは――六萬を切った後の答え

本心に沿って執着を整理すると自分を信じ同時に捨てていると語る赤木の言葉 天 天和通りの快男児
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第9巻。

自分を信じているから危険な牌を切れるのか。
それとも、自分を捨てているから切れるのか。
赤木の勝負を見たひろゆきは、二つを別々の心構えとして尋ねる。
赤木の返事は、その分け方から違っていた。

ひろゆきが尋ねたのは、六萬を切る時の心だった

赤木は追い詰められた局面で、ドラの六萬を切り、ブラフのリーチをかける。
このリーチは、満貫を狙っていた原田から、妥協した和了を引き出す。
ひろゆきの疑問は、うまくいった後の結果ではなく、六萬を切る瞬間に赤木が何を頼みにしていたかに向かう。
結果を知る前にも、自分を信じて切れたのか。
それとも、自分が敗退する危険を受け入れて切ったのか。

信じることと、失う覚悟は同時にある

本心に沿って執着を整理すると自分を信じ同時に捨てていると語る赤木の言葉
『天 天和通りの快男児』福本伸行、第9巻。

赤木は、自分の本心に沿って執着を整理していくと、自分を信じ、同時に捨てていると説明する。
本心に沿って切る牌を選ぶことは、自分の判断を信じることになる。
しかし、危険な牌を切る以上、自分に不利な結果が出る可能性も残る。
その危険を引き受けるところに、自分への執着を手放す面がある。
赤木の答えでは、自分の判断を信じることと、その判断によって失う可能性を受け入れることが、一つの打牌に重なっている。

ひろゆきは、危険な牌を切る時に、自分をどう扱うのかを尋ねた。
赤木は、何を本心で望み、どんな執着を手放すかという順番で答える。
自分が望む勝負に従うからこそ、自分の安全にも執着しきらない。
「信じる」と「捨てる」を分けられないという返事には、勝負に向かう意思と、危険を引き受ける覚悟がともにある。

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